第二話 少女にとっての楽園

目を開けると、そこは見覚えのある光景が広がっていた。見慣れた制服を着た男女が楽しそうに会話をしている。

 そうか。

 ここは学校か。どうやら悪い夢を見ていたらしい。

 そう。僕はいつも休み時間こうやって一人で蹲って……。

「やっと、起きたかい?」

「わっ!」

 先ほど公園で出会った少女が急に机の下から顔を出してきた。

「な、何でここに」

「それは『学校』というものに興味があったからさ」

 よく見ると少女は公園の時の服装とは違い、ウチの学校の制服を着ている。

「キミの学校に対する感情は『負』そのものだった。ボクはそれが不思議に思ってね。だからこうしてイチ生徒としてキミの学校にやってきたというわけさ」

「ど、どうやって」

 学校指定の制服を着て、この少女が紛れ込んでいるのをクラスにいる誰もが黙認している。

 そんなのおかしい。

「この学校に携わる全ての人間の記憶を改ざんしたんだ。あたかも入学からずっとボクが在学していたかのようにね。でも安心して。キミの記憶はボクの中に写しただけで、他には何もしていないよ。何せ初めて知り合った『人間』だからね。その証拠にボクがここにいることに違和感を感じているはずだ」

 少女の言う通り、僕は彼女が学校にいることに疑問しか湧かない。それどころか彼女はどこから来て、何者なのか。少女への疑問は尽きることはない。

「ボクが怖いかい? 川越アキラ」

 あくまで表情を変えず淡々と少女は話す。

 僕は何も言えず、ゆっくりと首を縦に頷く。

「キミ達『人間』は、未知の生命体を嫌う傾向がある。もっともそれはキミ達『人間』がこの星で繁殖してきた成果でもあるんだ。だからキミが未知の生命体にそう警戒する反応は『人間』らしいごくごく自然な反応だよ」

 この少女は一体何を言っているのだろう。『人間』って言い方が第三者の視点から言っているみたいで、まるで自分自身は『人間』じゃないような言い方だ。

 髪と瞳の色を除けば、この少女の外見は普通の『人間』にしか見えない。

 でも彼女が不思議な力を持っているのは今まで公園やこの教室にいることを含めて事実だ。

 僕は混乱し、自分自身が信じられなくなり右手で思いっきり頬をつねる。

 痛い。

「何をやっているんだい?」

 少女は興味深げな顔で僕に聞く。

「……本当かどうか」

 うまく説明できない。

 頬も痛く、いつものように口下手。ということは、これは僕が見ている夢ではなく、全てこの少女が不思議な力を持つのは現実だという事実を突きつけられる。

 少女は首を傾げながら、僕を見てくる。

「き、君は一体……なに、何者なんだ」

 どもりながらも、僕は何とか少女に質問をした。

「ボクかい? キミに言っても信じないと思うけど、ボクは違う世界からやって来たんだ」

 違う世界? 異世界っていうこと?

 それってまるっきり、

「どうやらこの世界はボクがいた世界よりずっと生物の進化が遅れている世界らしいね」

 ウェブ小説のような話だ。

「キミの記憶から推測すると、メズアオデワジャナ……おっとごめんごめん。この世界の単位で表すと数万年前。その時代のボクの世界にそっくりなんだ」

 少女は表情一つ変えず淡々と話す。

「な、なんでここに……来たの?」

 僕は何とか拙い言葉ながら、少女に質問をぶつける。

「アコロネラ様の導きによってだよ。ボクのいた世界は……キミの想像で言うところのドラゴンのような生物がいたんだ。そのドラゴンにボクは握り潰されてね。死ぬ間際、ああ……これで楽園に行けるんだって思ったんだ。でもアコロネラ様は何を勘違いされたのか。この世界にボクを召喚なされたんだ。必要な言語だけは与えられてね」

 段々と僕は少女の言葉に引き込まれ、この蒼き瞳を持つ少女がウェブ小説でよくいう所の転生者という存在だと信じるようになってきた。

「き、君は……つまり、こ、この世界に転生したっていうこと?」

「まぁ、そういうことになるかな」

 少女がそう言った途端、始業のチャイムが教室内に鳴り響いた。

「川越アキラ。話の続きは放課後にしようか。キミとボクとの間だけ時間を止めることができるけど、キミの生体リズムに影響を及ぼしかねない。だからキミは今日を普通に過ごした方が良い。僕としても『学校』がどういうものであるのか。探りたいしね」

 少女の勢いに圧倒され、僕は弱々しくコクリと頷いた。



 学校にいる間、僕は少女に言われた通り、学校生活を僕なりに『普通』に過ごした。それでも授業内容は全く頭に入って来ず、一日中ソワソワしながら放課後が訪れるのを待ち続けた。

 少女はというと、クラスの誰もが彼女の存在を気にも止めず、それどころか先生を始めクラスの皆は誰一人として、少女と話すことなく学校での一日が終わった。

 放課後になり、帰り支度を整えていると、少女が僕に近づいて来る。

「もういいかい? 川越アキラ」

 相変わらず抑揚のない声で、僕に話しかける。

「一応……」

 僕は小さく呟く。

「じゃあ、行こうか」

 そう言って、少女は教室の天井に向かって、高く手を広げる。すると、机、椅子、黒板など教室中がグニャリと歪んだ。

「う……」

 僕はめまいのような感覚におそわれ、右手で頭を支える。

「『転移酔い』を起こさないためにも、慣れないうちは目を瞑っていた方が良い」

 少女に言われるがまま、僕はギュッと目を瞑る。

 …………。

 十秒ほどだろうか。少女が「もう大丈夫だよ」と言ったので、僕はおそるおそる目を開いた。するとそこに広がっていた光景は、あの古びた教室ではなく、朝に少女と出会ったあの公園だった。

 唖然とする僕の横で少女は、無表情のままジッと僕の様子をうかがっていた。

「あ、あの」

 僕は少女に気づき、震える声を出して少女の方へと振り向いた。

「学校に行ってはっきりしたよ。この世界の『人間』はまだ幼い生命体なんだって」

 少女は瞬き一つせず、僕を見据える。

「おさ……な……」

「気を悪くしないで聞いてほしい。ボクがいた世界の歴史から鑑みると、おそらくキミ達『人間』は、これから千年ほど、何の変異も起こさず幼子のまま繁殖を続けるだろう。核戦争と文明の発展に伴う大気汚染や意思を持った機械の反乱で、何度も絶滅の危機に晒されながらもね。そうして『人間』は幾度も危機を乗り越えている内に、突如『人間』は進化を遂げるんだ。それはあらゆる生物や機械を凌駕し、支配する力。汚染された世界でも生きていける免疫。そういった『人間』が世界のあらゆる所で出生するようになるんだ。まるでつぼみが一斉に開花するようにね」

 僕は口をあんぐりと開けたまま少女の言葉を聞く。

「でも『人間』が地球の支配者になる時間はそう長くは続かなかった。『人間』が進化を遂げると、それを待っていたかのように宇宙から多数の生命体が到来した。進化した『人間』さえ凌ぐ生命体がね。彼らの目的は二つ。種の存続と進化だ。地球外からやってきた生命体のほとんどが、種としての老年期を迎え、絶滅を迎えんとする者達だった。彼らは青年期になったばかりの『人間』と交配することで、自分達の種を存続させ、さらなる進化を遂げようと目論んでいたんだ。でも進化した『人間』は彼らを拒んだ。『人間』は自分達が地球の支配者たる驕りがあったのかもしれないけど、詳しい理由はボクにも分からない。目論見が外れた地球外生命体は、『人間』に自分達の力を誇示するため、動物と植物……他の生きとし生けるものと交わり、『人間』を超える強い魂を授けた。それがキミ達『人間』が空想するヨルムンガンドやケルベロスのような生物だ。さすがの『人間』もこれには辟易し、彼らの前に屈するしかなかった。こうして彼らとの交配が始まって、地球内に『人間』外の生命体も現れるようになったんだ。そして何万年か経った後、またも人間に変化が訪れる。種の青年期から壮年期への移り変わりだ。宇宙の至る所で老年期を迎えた地球外生命体の遺伝子を受け継ぎ、順調に壮年期へと変異を遂げた『人間』は、ボクがいた宇宙の中で誰も支配できない生命体へとなったんだ」

 少女は息つく間もなく淡々と話す。僕は少女の話を分からないまま、ただ頷くだけしかできない。

「ボクはその壮年期の『人間』……つまりキミ達『人間』が大人になったのがボクというわけさ」

 〝つまり〟と約されても、分からないけど、とにかく少女はスゴイ『人間』ということなんだ。

「でも……なんでそんなスゴイのに、アレなの。ドラゴンに……」

 少女は確かドラゴンに握りつぶされたと言っていた。そんなスゴイ力を持ってるのに、何でやっつけられないのだろう。

「握りつぶされたっていうことかい? それはキミ達『人間』も同じ種族同士の争いなくここまで来れたっていうわけではないだろう。ボク達も同じ理由だ。純人間――『人間のまま進化した人間』と混人間――『地球外生命体の遺伝子が入った人間』との間で、宇宙全体を巻き込んだ争いが勃発したんだ。ボクがいたのは純人間の方。他の純人間と比べてもボクは弱くて、宇宙戦争の最前線に送られたんだ。最前線に送られた純人間の役割は混人間を少しでも疲弊させること。数の上では純人間の方が、僅かながらも多かったからね。でも混人間の方は純人間じゃ絶対に敵わない力と知能を備えているんだ。ボクの力では混人間相手に全くの無意味。全力で戦ったけど、結局ボクは彼らに何の損害も与えず、この世界に来たというわけさ」

「…………」

 正直、あまりにも話が現実離れしすぎていて、話の中身が全く頭に入ってこない。

「さてと、ボクの話はこれくらいで。今度はキミの番だ。川越アキラ」

「え! 僕!」

 少女の突然の名指しに僕はたじろいてしまう。

「ボクは学校に行って、キミの『負』を確認した。どうやらキミは本当に他の『人間』と違うというだけで、『負』の感情が強くなっていったようだね」

 少女が言う『負』というのは僕が嫌だと感じていることの表現だろう

 ……確かに少女の言う通り、僕は皆とは違う。いや〝違う〟というよりも僕は皆よりも劣っているんだ。

 勉強も。運動も。

「キミは何でその程度のことで『負』を感じているんだい?」

 その程度のこと?

 この少女の言葉で僕は初めて恐怖以外の感情が込み上げてきた。

「だって……学校の成績がよくないと、皆に話しかけてもらえない……」

 僕にはもうクラスの誰かから話して貰わないと、話せないようになっていた。

 自分からクラスの人達に話しかけようと何度も思ったけど、クラスが固定されて半年も経つと、会話のきっかけが掴めないんだ。

「話す? 学校にいた彼らとかい?」

 少女の問いに僕は唇を噛みしめながら頷く。

「それが分からないな。話したいのに話したくない気持ちがキミの中でぶつかり合っている。一体キミは何を望んでいるんだ?」

「僕は……」

 少女に心のジレンマを指摘され、自然と少女から目を逸らし俯いてしまう。

「川越アキラ。ボクとキミが会ったのもアコロネラ様のお導きが会ってこそだ。何か意味があるとボクは信じたい。だからボクはキミの」

 少女が手を振り上げると、少女の全身がきらきらと光る粒子状の物質に包まれる。そして手を軽く交差させて振り下ろすと、学校の制服姿だった少女の服装は、今朝会った時と同じ紫色の三角帽子に紺色のローブを纏う少女へと変身した。

「望みを叶える存在となろう」


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