異世界の転生魔術師

でぴょん

第一話 欺かれしもの

「フッフッフ・・・おまえたちに負ける要素はぼくに一つもない。なぜなら・・・」

 伊勢チイトはそう言って、たくさんの軍勢を見る。軍勢たちはぼくを見てひるんだ表情をみせる。

「ぼくにはこのスマートフォンからあらゆる情報を得て、あらゆる戦術が使えるからだ!!」

 ぼくは自信満々にジーパンのポケットに入っているスマートフォンを取り出す。

「な、なんと! あんな小型の機械に膨大な情報が詰まっているというのか」

「う、うそに決まってらぁ!」

 敵軍は現実を直視できず、ぼくのスマートフォンを偽物と言い張る。そして



「アキラ~! 早く学校に行く準備をしなさい!」

「ちょ、ちょっと待って! 今、いいとこなんだから」

「『いいとこ』って、今何時だと思ってるの! ほら! いつまでも機械とにらめっこしてないで、早く鞄を持って!」

 横になりながら僕がスマートフォンをいじっていると、お母さんが通学鞄を持って僕の前に立つ。

「はい」

 お母さんは僕の目の前に通学鞄を置き、スマートフォンを遮る。僕は仕方なく制服ズボンのポケットにスマートフォンをしまい、通学鞄を受け取った。

「分かった。もう行くって」

「よろしい」

 お母さんは腰に手を当てて、満足げに頷く。僕はさっきのウェブ小説が気になりながらも、学校に行くため、しぶしぶ家を出発した。

 家から離れて暫く経つと、僕はおもむろにポケットに手を入れ、スマートフォンを取り出す。

 さあ、続き続き。

 僕はスマートフォンのアプリから先ほどのウェブ小説を呼び出し、歩きながら読み始める。

 ストーリーはその後、主人公がスマートフォンを駆使して敵を殲滅する。僕は主人公の姿に自分を重ね合わせ、異世界でバッタバッタと敵をなぎ倒していく姿を夢想し心が躍る。

 ウェブ小説を読んでいると時間を忘れてしまい、ふっと我に返った時には学校の目の前にある横断歩道前に僕は立っていた。

 僕は自然と歩行者用信号機が『赤』の時は待って、『青』になってから渡っている自分自身を残念に感じてしまった。

 異世界に行くような人は、ほとんどが不運な事故にあっている。だったら僕もここで車にひかれて、可愛い女の子達に囲まれたり、きたない人達を倒したりする方がよっぽど楽しそうだ。

 だって現実はつまらないもの。

 運動もダメで勉強もダメダメ。彼女どころか友達一人さえいりゃしない。こんな人生、僕はもう嫌だ。

 ウェブ小説の主人公になりたい。

 ウェブ小説の主人公になりたいよー。

 横断歩道を渡っている最中、僕は心の中でそう叫び続けた。そして青信号が点滅を始める。

 でも僕は動かない。

 誰か。誰でもいい。誰でもいいから僕を異世界に連れて行ってくれよ……。

 ついに点滅が終わり歩行者用信号機が『青』から『赤』に変わる。そうすれば車が僕をはねてくれるのかと思いきや、大勢の車からクラクションを鳴らされ、僕は条件反射で横断歩道を全速力で駆け抜けた。

「はぁはぁ……ひっく」

 息切れを起こし、恥ずかしさと情けなさが入り混じり、涙が出そうになる。

 周りからひそひそ話やクスクス笑う人達がいて、僕はもう学校なんてどうでもいいと思い、学校近くにある小さな公園に入った。

 公園に着くと、そこには先客がいた。

 こんな朝早くから公園の中央に一人の少女が空を見上げながら立っている。特別僕の目を引いたのはその服装で、紫色の三角帽子に神父さんが着るような裾の長い紺色のローブを纏っていた。

 こんな朝早くにどうしたんだろう? ハロウィンにはまだ早いし……。

 僕がおそるおそるおかしな服を着た少女に近づいていくと、

「キミ」

 急に少女は僕の方に振り向いた。僕は驚きのあまり尻もちをつき、目をぱちくりさせながら少女の顔を見る。

 外国から来た人なのだろうか。目の色はサファイアのように蒼く、髪の色も柔らかいライトブルーで、僕はその美しさに一瞬、目を奪われた。

「大丈夫かい」

 少女は僕に向かって手を差しだす。僕は自然と少女の手を取ろうとする。が、寸前に砂利で汚れた手で少女の手に触れるのは躊躇われ、自力で立ち上がる。

 僕は手や制服に付いた砂を手で払う。少女はその間、僕の行動をジッと見ていた。

 まるで観察するかのように。

「驚かせてすまなかったね。ちょっとキミに聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「う、うん」

 この異様なシチュエーションに戸惑いながら、僕は少女の問いに頷く。

「ここは天国かい?」

「え?」

 僕は目を丸くする。

 この少女は何を言い出すのだろう。

 もしかしたら関わってはいけないタチの人だったのかもしれない。

「あれ? 違うのかい?」

 少女は無表情のまま、首を傾げる。

 ……何ていったらいいか分からない。

「キミはアコロネラ神の使いの者ではないのかい?」

 僕は意味不明な言葉を繰り返すこの少女に恐怖を感じ、心臓が早鐘ように打ち始める。

 そして僕は少女から一歩……二歩……と後ろへ下がり

「とするとキミは一体……あ!」

 全速力で公園の出口へと向かった。

 出口を抜けるとそこには、

「やぁ」

 紫色の三角帽子を被り無表情のまま立ち尽くす少女が『さっきと同じ場所』に立っていた。

 え? なんで? 僕は確かに公園を抜けたはず。

 僕は再度、公園の出口へと走る。

 しかし、

「やぁ」

 またも『同じ場所』に少女は立っていた。

 僕は頭の中がパニックになり、その場にペタンと膝をつく。

「キミ。大丈夫かい?」

 さっきと同じように手を差しだされる。でも僕はその手を取ることができないでいた。

 手のやり場を失った少女は、無表情のまま手をだらんと腰の位置に戻す。

「キミが答えてくれないとボクは先に進めないんだ。だから答えてくれるかな」

 僕は恐ろしさのあまり、唇がわなわなと震える。

「キミは一体何者なんだ?」

 それはこっちが聞きたいくらいだ。……でも僕は少女の恐ろしさの前では率直に答えるしか選択肢はない。

「ぼ、ぼ、僕の名前は川越アキラ。ちゅ、中学二年生」

 無表情だった少女の顔は眉をしかめ、訝しげな表情へと変わる。

「キミ……」

「ご、ごめんなさい!」

 何か気を悪くすることを言ったのだろう。僕は大声で謝る。

「いや……川越アキラ。その『ちゅうがくにねんせい』というのは一体何なんだ?」

 え?

「ちゅ、ちゅうがくにねん……」

 僕はどう説明したらいいか分からず、言葉が途切れる。すると

 ポタ。

 少女は表情を変えず、涙を流していた。

「アコロネラ様……なぜあなたはボクにこうも試練を賜るのです! ボクは生前、あなた様を崇拝し、敬愛し、全てをあなた様に捧げました! それは肉体から魂が解き放たれた後、あなた様が楽園へとお導きになると信じていたからです! それがどうです! この仕打ちは! あんまりじゃありませんか!」

 少女は空を見上げ、大声で叫ぶ。僕は肩をガタガタと震わせながら、早くこの恐怖の時間が終わらないかと心から願った。

「川越アキラ。質問は終わりにしよう。その代わり、ちょっと手伝ってほしい」

 あれだけ叫んだ後にも関わらず、少女は僕に質問していた時と変わらない平坦な声で話す。

「キミの脳の記憶を全てボクの中に複写する。おそらくキミの脳には、『川越アキラ』という生物がどう進化の過程を辿って来たかが刻まれているはずなんだ。それを知れれば、この世界で生きてく術が分かるし……ここが楽園なのかどうかも全てはっきりする」

 脳を……複写……。

 僕はそれだけが頭の中に残り、喉をヒックと鳴らしながら後ろへと後ずさる。

「怖がらないでいいよ。キミ自身には何も影響がないから」

 そんな言葉、信用できるはずがない。僕は無駄だと知りながらも全速力で少女から遠ざかる。

「悪いけど、ちょっと眠っていてもらうよ」

 少女は右手をヒョイと軽く曲げると、あれだけ興奮していたはずの僕は突然の睡魔に襲われ、そのまま公園で眠りについた。


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