第9話 真相
「引っ越してきたその日に、何かを感じて。次の日、うちの大きな木のそばにいたら、また何か感じて。どうやら、それはよっちゃんだったみたい。昨日は、先生の名前を呼んでたよ、『トシヤ』って。だから、どこのトシヤさんかと思ったけど、もしかして先生? って思って、それで確認しようと思ってさ」
「そうだったのか」
先生は、カップを置いて俯いた。
「先生の、あの変なキャラクター演じてるのって、よっちゃんが死んじゃったのと関係あるの?」
先生は一瞬もためらわず、「あるよ」と言った。
「オレはさ、自分が嫌になったんだ。だから、ああやって、変な人を演じて馬鹿にされて、嫌われて、生きていこうって決めたんだ。変だろう?」
「変だね。でもさ、事情があるからだろう」
先生は頷き、私を見た。
「深谷野さんは、良子が何で死んだか知ってる?」
首を振った。先生は、「そうか」と言ってから、
「オレが殺した。実際には手は下してない。でも、オレのせいだから。オレが殺したも同然なんだ」
殺した、という言葉に胸がずきんとして何も言えなかった。
「高校に入学して、夏休みに入る前くらいだった。良子がオレに告白してきた。で、付き合うことにしたんだ。
何て言うのかな。こんなことを君に言うと失礼だとは思うんだけど、良子がすごく好きだったんじゃなくて、付き合うっていうそのことにかっこよさを感じて。オレの周りには付き合ってる奴はいなくて、オレ、すげーだろ、みたいな感じで。
ごめんな、深谷野さん。だけど、最初はそんないい加減な気持ちだった。徐々に好きになったけど。すごくいい子だったから」
「いい人だったんだ、よっちゃん。母とは仲のいい姉妹だったのに、私が生まれてからはあまり交流してなくて、よく知らないんだ」
先生は、紅茶を口にした。ここからが、きっとつらい話になるんだろう。
「深谷野さん。あまり楽しくない話をするよ。いや。楽しくないどころか、腹が立つような話になる。それをわかっていてほしいんだ。話してもいいかな」
思いつめたような表情をしていた。私は頷き、
「聞く為にここに来たんだから、覚悟はできてるよ」
促しの言葉に頷いてから先生は話し始めた。
「付き合い始めてから彼女と深い関係になるまで、そんなに時間は掛からなかったよ。今は全然だけど、その時はそうしたくてしょうがなかったんだよな。若かったし。
彼女も嫌がらないで、オレのことを受け入れてくれたんだ。それもね、何度も何度も、だよ。そして、半年くらい経った時、彼女は死んでしまった。自死。
何でそんなことになったのか、オレは全く知らなかった。ただ悲しんでいた。だって、その頃には彼女を本当に好きだったから。
葬式に参列して、終わってからね、彼女の親友から詰られた。あんたのせいだって。彼女は悩んでたって」
何があったのか、何となくわかった。
「先生。いいよ。言わなくて。わかったと思う。つまり、彼女のお腹に私のいとこがいたってことなんだよね」
「そう。オレには言えなくて、たぶん親友にしか話せなかったんだろうな。だけど、どうしようもなくって、ああいう結果を迎えたんだろうと思う。
オレのせいで、彼女は死んだ」
先生は、また黙った。お茶を飲みながらつらそうな表情。そんな人を誰が責められるだろう。私には出来なかった。
「先生。もういいよ。よっちゃんは、怒ってないと思う。ここによっちゃんを呼べたらいいんだけどさ、私は霊感とか全然ないから、無理だよ。ごめんね」
先生は首を振った。
「今度また気配を感じたら、先生に何か言いたいことがあるかもう一度訊いてみるよ。何か聞けたら先生に伝えるよ」
「わかった。ありがとう、深谷野さん」
「じゃあ、先生。もう行くよ」
立ち上がってから少し紅茶が残っていたのに気が付いて、座らずにそのまま飲んだ。伝票を見ようとしたら、制止された。
「オレが払うから。聞いてくれてありがとう。やっと少し楽になった」
先生は、小さく笑った。少しは重荷を下ろせたんだろうか。
「先生。あんな演技、やめてもいいよ。身内の私が言ってるんだから。先生は、ちょっとストイック過ぎる」
「ストイックな青年は、あんなひどいことしないだろう」
自分を責めるように言った。私は、首を振った。
「先生。自分を許してやりなよ。もう、十年くらいそんな気持ちでいてくれたんだろう。充分だよ。ありがとう。よっちゃんは、絶対怒ってないよ」
切ない声だった。よっちゃんは、きっと今でも先生が大好きなんだな、と思わされた。が、それは先生には伝えない。これ以上、先生に重荷を背負わせたくない。
「じゃあね、先生」
手を振って店をあとにした。まだ、風が冷たい。思わず身ぶるいした。
ただの変な先生だったら、どんなに良かっただろう。まさかこんな展開になるとは。身内としては、あるいは女としては、ちょっと複雑な気持ちだ。
心が重くなり、家までの距離がすごく長く感じられた。
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