第7話 よっちゃん

 喫茶店アリスを出て、あちこち見て回った後、家に帰った。庭に出て、例の大きな木のそばへ行った。あんなことはあったが、何故かこの木を気に入っている。


 木に寄りかかって地面に座り込むと、急に眠くなってきた。逆らえずにうとうとしていると、誰かの声が聞こえた。

 本当に聞こえたのか、夢の中で聞いたのか、わからない。その声は、何だかせつない感じだった。が、何と言っていたのか、はっきりしない。誰かの名前だったような気がする。誰の名前だろうか。


 眠りから覚めて、目を開けた。当たりを見回すが、今日も誰もいなかった。何度も私にアピールしてくる存在。それはたぶん、あの人だろう。


(よっちゃん? 何か言いたいことがあるの?)


 今までのことがよっちゃんならば、納得できるような気がする。が、彼女は私に何を言いたいのだろうか。

 彼女が生きている時、私たちはあまり交流がなかった。その私に何を言おうとしているのだろう。


「言いたいことがあるなら、聞くよ。ここだとダメなら部屋で。あそこはあなたの部屋でしょう。借りてますよ。ありがとう。

 さっき、何か言ってくれたけど、わからなかったから、今度はもっとはっきり教えてほしいんだ。そうしたら、何か役に立てるかもしれない」


 あまり大きな声ではないが、実際に声を出して語りかけた。返事はなかった。


「部屋に戻るから、そこで」


 庭を後にし、部屋に戻った。と、またさっきのように眠くなってきた。ベッドに横たわるとすぐに眠りが訪れた。


 たぶん、夢の中で彼女の声を聞いた。


(トシヤ…)


 目が覚めた。名前はわかった。が、それでその人がどうしたと言うのだろう。よっちゃんの何? が、呼び捨てにしているということは、たぶん…。


「トシヤさんて、どこの誰だ?」


 ぶつぶつと言ってみて、はっと気が付いた。信じたくない気がした。思わず、「嘘だ」と呟いてしまった。

 その名前は、最近聞いた。その人のことなのか? 確かに、よっちゃんとは同じ年頃に見える。そういうこともあるかもしれない。


「よっちゃん。その人、桜内先生?」


 訊いてみたが、返って来たのは、「トシヤ」だった。これ以上はよっちゃんから聞くことは出来そうもない。


「先生に確認してみる。何か伝えたいことは?」


 返事はなかった。

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