第5話 喫茶店アリス

 日曜日に商店街まで行ってみた。何か目当てがあったわけではない。どんなお店があるのかも知らないから、ぶらぶらと歩いていた。


 喫茶店があったので看板を見てみると、祖父がケーキを買ってきた、例の「アリス」というお店だった。何気なく中を見ると、知っている人がいた。が、その人は私が知っているその人とは違う人みたいな表情をしている。じっと見ていたら、目が合ってしまった。手招きされたので、店に入ることにした。私を認識しているようだ。


 ドアを開けると店長らしき人と美しい男の人が「いらっしゃいませ」と声を掛けてくれた。美しい人が、「お一人様ですか」と訊いてくれる。首を振って奥の方に目をやり、

「えっと、知り合いがあそこにいて、ちょっと挨拶を」

「ああ。そうですか。どうぞ、ごゆっくり」

 怒らないんだなと思った。客じゃないかもしれないのに。ネームプレートを見ると、「なかた」と書かれていた。


 許可されたので奥に向かった。その人は私に軽く手を振った。そして、自分の正面の席を指して、

「どうぞ、深谷野ふかやのさん」

 私は席に座ってから、

「桜内先生。私のこと、知ってるんだね」

 いきなりタメ口をきいてしまったが、言ってしまったものは仕方ない。先生は気にした様子もなく、

「そうだね。一応ね、関わる生徒の顔と名前は授業が始まるまでに覚えるようにしています。それが礼儀かな、と思ってます」

 話し方が、普通だ。これが本当のこの人なんだろう。


「先生。授業の時と雰囲気が全然違うね。こっちの方がいいけどな」

 先生は小さく笑ってから、

「深谷野さん。何か注文したらどうですか。オレが払うから」

「えっと。それはいけないのでは?」

 一応断って見る。が、先生は、

「いいよ。オレ、どうせ変な教師と思われてるから。今さら生徒と一緒に喫茶店でお茶を飲んで支払いしたくらいでは、評価は変わりません」

「へー、そうなんだ。じゃあ、えっと。何がお勧め?」


 先生は右手を軽く上げた。すると、さっきの美形のお兄さんが来る。

「お呼びでしょうか」

「メニューをお願いします」

「かしこまりました。お待ちください」


 彼がカウンターの方へ向かうのを確認してから、

「あの人、すごい美形だね。びっくりした」


 先生は、私の言葉に微笑みを浮べた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る