第3話 気配

 夕食の時に祖父が私を見ながら、

「それにしても、さっき見てびっくりしたよ。薫ちゃん、良子よしこに似てきたね」

 良子とは母の妹のよっちゃんのことだ。私は、「そうか、似ているのか」と思っただけだったが、母と祖母は、何も言わないものの、強い視線を祖父に向けている。

 祖父はそんな二人には構わず、私に笑顔を向けて言った。


「薫ちゃんは、楽しい人生を送ってほしいな。良子は…」

「お父さん」

 母が祖父の言葉を遮るように、大きな声を出した。

「薫は何も知らないんです」

 祖父は溜息を吐いて、「わかったよ」と言って、それきり話をやめてしまった。


 この緊迫した空気は何だろう。


 疑問に思ったが、訊かない方がいいと思い、黙ったままでいた。食事の時間が終わるまで、誰も口を聞かなかった。


 部屋の前に立ちドアを開けると、やはり「お邪魔します」と言ってしまった。ここはよっちゃんの部屋だから、挨拶しないで入るのはいけない気がするのだ。部屋へ入ると、ベッドに倒れ込んだ。少し疲れていた。

 午前中にはまだ、今まで暮らしていた土地にいた。が、今はこの場所にいる。慣れない環境に、緊張していたのかもしれない。


 そのまま眠ってしまい、気が付くと夜中になっていた。驚いて起き上がると、着替えをしてトイレに向かった。と、その道のりで何かを感じた。そして、足音とドアの閉まる音。下からではなく、確かにこの階だ。


(誰かいた?)


 自分で考えついて、怖くなった。誰がいるというのだ。誰もいない。自分に言い聞かせながら部屋に戻ると、布団を被って目をぎゅっと閉じた。


 朝日が差し込んできて、目が覚めた。カーテンを閉め忘れてしまった。夜中のことを思い出し、背筋が寒くなったが、気分を変えようと窓を開けた。冷たい風が吹き込んできて、思わず身震いした。壁の時計を見ると、まだ六時だったがもう眠れそうもない。着替えをして、下へおりて外へ出た。ひと際背の高い大きな木に呼ばれるようにそばへ行った。その木に触れていると、何だか安心した。はーっと大きく息を吐き出した。

 が、その時何か気配を感じた。


(嘘だろう)


 私には霊感というものがない。少なくとも今まではそうだった。それが、一体どうしたというのだろう。

 木から手を離すと、恐る恐る木の後ろ側を見てみた。当然だが、誰もいない。周りを見回しても人気ひとけはない。


「戻ろう」


 あえて声に出して言ってみた。木に背中を向けると、小走りになりながら家に戻った。


 玄関に入ると、母がそこに立っていた。

「やっぱり薫だったんだ。窓から見えたから、あれ? って思って。あなた、学校行く以外でこんなに早く起きないでしょう。だから、人違いかと思って」

 母の言葉に、つい強い言い方で、

「私の他に、誰がいるって言うんだよ」

「そうよね。ごめんね」

 母は、表情を変えずにそう言った。


 私は何も返事をせずに、階段を駆け上がると部屋に戻った。「お邪魔します」と言うのを忘れてしまったが、今はそんなことを言う気分ではない。

 窓から外を眺めるが、誰もいない。風の音以外、聞こえない。


(何なんだよ)


 とんでもなく不安な新生活のスタートになった。

 

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