第2話 よっちゃんの部屋

「父さんは?」

 母が訊くと、

「今、出かけてる。もう少ししたら帰ると思うけど」


 居間に通された。ストーブの火が赤々と燃えていて、暖かい。

「そこに掛けて」

 祖母に勧められて椅子に座る。母も迷わず座った。きっと、昔自分が座っていた場所なんだろう。


 母と祖母はいろいろと話していたが、私は手持無沙汰であちこち見回していた。誰が描いたかわからないが、風景画が一枚掛けられている。下の方にサインが書かれているようだが、当然読めない。


 そうやっているのも少し飽きてきて、

「おばあちゃん。部屋を見てみたいんだけど」

 思い切って声を掛けると、母が、

「あ、じゃあ、ちょっと行ってくる」

 椅子から立ち上がり私を促した。


 二階に上がり廊下を少し歩き、突き当りまで来ると、母が指差した。

「ここがあなたの部屋。昔、あなたの叔母さんのよっちゃんが使っていたの。私は、こっち」

 廊下をはさんで反対側の戸を指す。


 母が自分の部屋に入って行ったので、私も「お邪魔します」と言ってから部屋に入った。窓から日が差し込んでいて、そこからは庭が一望できた。机とベッドと空っぽの本棚。そして、積み上げられた段ボール箱の山。それらを見てようやく、これからこの部屋で過ごすのだと少し実感できた。


「薫。どう?」

 母が部屋を覗き込みながら訊いた。

「うん。いいよ」

 母は断りもなく中に入ってきて、

「懐かしいな。よっちゃんがいた時と同じ配置だ。よっちゃんと私はね、すごく仲が良かったんだけど…」

 楽しそうに話し出したのに、急に真顔になった。

「ごめん」

 何かに対してあやまると、母は出て行った。


 母の妹は、高校生の時に亡くなったそうだ。病気だったのか、何か他の理由なのかは知らない。まだ私は小さかったし、そんな子供に説明はしなかった。ただ、亡くなったと聞いて、母とともにお葬式に出た。

 母とは年が離れた姉妹だったから、母は妹を大事にしていたようだ。が、それならなんでさっきあやまっていたのだろう。意味がわからなかった。


 祖父はそれから十分ほどで帰って来た。呼ばれて居間へ行き、挨拶をした。祖父は優しく微笑んだ。

「やっと一緒に暮らせるね。今日からは、ここが薫ちゃんの家だから、自由にしていいからね。桐江きりえ。おまえの好きなケーキ買ってきたぞ。薫ちゃんの好みはわからなかったから、お店でおすすめを聞いて買ってきた」

 テーブルに置かれていた物を祖母に渡すと、祖母がキッチンに持って行った。少ししてお皿に乗せられたケーキと紅茶が運ばれてきた。


「『アリス』っていう喫茶店のケーキがおいしくてね、私、大好きなの。特に、このフルーツケーキ」

 母が、久しぶりに笑顔を見せた。

「あなたのは、イチゴのタルト。それもおいしいよ。さ。食べなさい」

「いただきます」

 手を合わせてから食べ始めた。甘すぎなくて、食べやすい。いくらでも食べられそうだ。

「ほんとだ。おいしいね、これ」

「そうでしょ。あそこのお店はね、何でもおいしいのよ」

「へえ、そう」

 感情を押さえて低く言ったが、本当はそのお店に行ってみたいと思っていた。他にどんな物があるのだろうか。


 しばらく母の話を聞いていたが、食べ終わったのでまた部屋に戻ることにした。積みあがった段ボール箱の中の物を出しては、片付けた。決して広くないアパートでの二人暮らしだったが、意外と荷物があったことにびっくりした。だいぶ処分もしたが、捨てられない物や必要な物が今ここにあるわけだ。


(これからまた、物が増えていくのかな)


 嬉しいような、少し不安なような気持ちになった。

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