第7話 サキュバスのハニトラ


 情報収集と金銭回収のために、サキュバスを都市エルダへと向かわせてから五日後。


 俺は屋敷の執務室で貨幣袋の中身を数えていた。


 サキュバスが情報収集している間も、今後のためにペガサス行商を継続している。


 山から海に大移動する毎日だが不思議と疲れはなかった。


 何故ならば俺の貨幣袋には日に日に金貨が増えていくからである。


 黄金の輝きが俺の疲れを綺麗さっぱり洗い流してくれるのだ。


 実にガッポガッポで儲かり過ぎて笑いが止まらない。やってることは領主ではなくて商人だが気にしない。


「ぐへへへへへ。見ろよ、この金貨……百枚はあるぜ……!」


 初日にペガサスを召喚した時は、元手が少なかったので金貨五枚だった。


 だが今は毎日金貨二十枚以上稼げている。


「……」


 サーニャが少し呆れたような顔をしてこちらを見ている。


 やめろよ、俺を俗物みたいな目で見るのやめろよ。


 ここは彼女にも金を渡して買収すべきかと考えていると、コンコンと扉がノックされる。


「はーい、お待たせ。都市エルダへの細工は終わったわよ」


 艶々な肌をしたサキュバスが気分よさそうに部屋へと入って来た。


 この様子を見るだけで成功したのがわかるので助かる。


「お疲れ様。どうだった?」

「少し年配の男が多かったけど、その分溜まってたみたいで割とよかったわ。元漁師だけあって身体は丈夫だし」

「いや身体の感想ではなくてな?」


 俺は耐性あるから流せるが、サーニャはまた顔を赤くしてうつむいてしまった。


 それを見てサキュバスはクスクスと笑みを浮かべる。


「冗談よ。都市エルダの領民たちは不満が溜まっているようね。バルガスが重税を課したから……貴方が取り返せばすぐに彼らは従ってくれるわ」

「はっ、バカな奴だ! 俺達を追い出した後、うちの財政状況見て泡くったろ! うちは十年の負債で首が回らないんだよ! うちの借金を舐めるなよ!」

「それは誇ることなのかしら?」


 誇らないとやってられないだけである。


「わかった。それで……どれくらい稼いだ?」

「金貨五枚」


 サキュバスは胸の谷間に手をいれると、金貨五枚を取り出した。


 流石は淫魔! やることなすこと全部エロい!


 しかし金貨五枚とは……想像してたよりもだいぶ搾り取ったようだ。


 都市エルダの財政状況でわかるだろうが、領民はあまり金を持っていない。そんな中で五日で金貨五枚は驚異的と言えるだろう。


 かなりの男が有り金の大半盗られたのでは……。


「……まじかよ。それで領民たちはバルガスの要求する税を払えるのか?」

「払えないほうが都合よいでしょ? 重税取り立てるバルガスを追い出して貴方を戻そうってなるじゃない。なので……お金を多く払うほどサービスしてあげたわ」

「それはそうだが……末恐ろしいな」

「彼らは死の海に絶望していてロクな楽しみもない。堕とすのはすごく簡単だったわ」


 俺は妖艶に笑うサキュバスを見て背筋が凍る。


 こいつを敵対する街にでも送れば、簡単に金を回収して財力の低下を狙えるのでは……。


 普通の娼婦相手ならば買うのを我慢できても、サキュバスの誘惑には逆らえない。


 ……あれ? そこまで男たちが魅了されてるなら、都市エルダからこいつがいなくなったらマズイのでは? 


「……なあ。都市エルダの男、何人抱いた?」

「ほとんど全員ね。枯れてるお爺さんとバルガス以外は」

「そいつらさ、お前がいなくなったら暴発しない?」

「……ふふっ」


 サキュバスは愉快そうな声を出して、口の周りを舌で舐めた。


 け、傾国の美女……っ! こいつ傾国のヤバイ奴だ!?


「早く都市エルダを取り返して娼館を建ててもらって、不自由なく暮らしたいのよ。そのための邪魔は早めに潰さないと」

「そ、そうか……ちゃんと約束は守るから、この村まで滅茶苦茶にしないでくれよ!?」

「それは……貴方の頑張り次第ね♪」


 さ、サキュバス怖すぎる……誰だよ、お手軽な魔物とか言った奴……。


 獅子身中の虫どころの騒ぎじゃないぞ!? まじで油断したら村ごと崩壊させられそうだ!


「うふふ……じゃあこの村の男を漁って来るわね」

「待って、うちの村まで崩壊させるのは待って!?」

「安心しなさい。手加減しておくしお金もとらないわ」


 そう告げて颯爽と去っていくサキュバス。


 ……早めに娼館作って外から人を招かないとうちもヤバイなこれ。


 いやさ、正直言うと都市エルダさえ取り返せばもういいかなって思ってたんだ。


 俺はペガサス行商でたまに稼いで、領地自体は現状維持のままで楽に暮らそうかなと。


 かつて栄華を誇った都市エルダの復興は大変なので、諦めて細々と暮らすのもアリかなって。


 でもとてもそれは無理だ。ちゃんと計画練って領地発展させないと……ハニトラで崩壊する!


 本当に魔物というものを舐めていた。サキュバスなんて戦闘力低いし、ちょっと男たらしこむだけだろーとか思ってたよ畜生!?


 傾国の美女って本当に怖いんだね!? これ以上サキュバスは召喚しないでおこう!


「……いや待て。男版の淫魔のインキュバスとサキュバスくっつけたら、互いに永遠にまぐわって安全なのでは……」

「…………!(ブンブン)」


 俺の破滅的発想に対して、サーニャがものすごく必死に首を横に振った。


 わかってる、つい魔がさしただけでそんなことしない。


「私、インキュバスは嫌だからねー。あいつらキツイのよ。あなたも牛に霜降りかかってるのはよくても、牛脂そのまま食うの嫌でしょ?」


 外からサキュバスの声が聞こえてきた。


 インキュバスは牛脂なのか……油まみれの野郎なのか……。


 何が違うのかよく分からんが……混ぜるな危険ってやつだな!?


 結局のところ、サキュバスを召喚したことで俺は後戻りできなくなってしまったわけだ。


 この領地に停滞の二文字は許されない! 発展するか崩壊するかのふたつにひとつ!


「サーニャ! 俺はやるぞ! 領地を王都も顔負けの大都市にしてみせるぞ!」

「ーーー!」


 サーニャは俺に返事するように片手をオーと言わんばかりに掲げた。


 そんな時に扉がノックされて村人が入って来た。


「ライジュール様! バルガスから使者が送られてきました! 決闘にて戦争の勝敗を決めないかと」

「……来たか!」


 決闘とは貴族間で行われているもので、勝敗によって何かを賭ける一騎打ちである。


 この決闘は双方が納得した場合のみ許される行為で、国が法律で認めていて領地を賭けることも許されている。


 よく貴族同士が喧嘩になって戦争になってしまうことがあり、それを封じるために国が決めた制度である。


 個人の問題で民を巻き込んで戦うな、自分達だけで勝敗決めろと。


「あらまぁ。厭戦気分をという要求はこれが狙いだったのかしら?」

「ああそうだ。本来なら都市エルダに戦争できるような財政的余裕はないんだ。その上領民も戦いたくないと言えば、腕自慢のあいつなら決闘を選ぶと思っていた」


 バルガスは舐めていたのだ。


 アルダ家が十年でどれだけの失策を犯し、金を湯水のごとく溶かしていたのかを!


 あんな借金まみれの領地、普通の貴族なら欲しがるはずもない!


 総額金貨五千枚の借金を舐めるなよ! 港も使えない都市アルダに返せるアテがあるはずないだろうが!


 そんな財政状態で戦争など続けられるはずがない。


 この状態で戦争によって男手が減ったら、もう目も当てられない状況になる。


 そしてあいつは防衛隊長だった身、自分の腕ひとつで解決しようと考えたはず。


 それならば決闘という手段を選ぶのは自明の理だ。そしてそれは……俺としても都合がよい。

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