第8話 デュラハンとヤドカリは瓜二つ


 バルガスとの決闘に対して受けると返事をしてから三日後。


 俺達は都市エルダの広場に、とある甲冑騎士とサーニャを連れてやって来ていた。


 ここが決闘の場所に指示されたためである。


 ここには都市エルダとレーム村の住人が全て揃っていて、固唾をのんでこの結果を見守っていた。


「やれやれ……どちらが勝とうがこの街は滅びゆくというのに。本当にくだらん……せめて最期くらい仲良くすればよいものを」

「酒がうめぇ! 飲まなきゃやってられねぇ!」

「畜生……昔ならこの広場にゃ大道芸人がいて、いっぱい魚屋が並んでいて……ひっく……おおーん!」


 ……かたずじゃなくて酒を飲んでいた。しかも泣き上戸ばかりで涙までのんでいて忙しい奴らだ。


 決闘は庶民にとって娯楽だから仕方ない。


 出来れば見物料を取りたいのだが……あいつらの金はもうほぼ俺の懐にあるからなぁ。


 サキュバスの色香に惑わされた愚かな民と思えば、少しくらいはサービスしてやってもよいだろう。


「よく逃げずに決闘を受けたなぁ。それだけは褒めてやるよ、エルダ家のお嬢ちゃん」


 ロングソードを肩にかつぎながら、全身鎧姿のバルガスが俺を挑発してくる。


 くだらないな、お前程度の言葉など効果はない。


 何故ならこないだサキュバスから、遥かに酷いこと言われたからな!?


 分かるか!? 性の専門家に男性ホルモンが足りないと言われた俺の気持ちが!?


「ふん。言っておくが決闘に出るのは俺ではない。この俺の騎士だ」

 

 俺の宣言と共に甲冑騎士が前に出た。


「おいおい。俺から無様に逃げたお前が騎士を雇ってる!? 面白い冗談だなぁ! どうせその鎧の中身はレーム村のザコAだろうが!」

「…………」


 バルガスは剣の切っ先を向けて甲冑騎士を煽る。


 だが甲冑騎士は黙り込んだままだ。


「……チッ。面白みのないやつだ、さっさとやろうぜ。決闘はどちらかが戦闘不能になったら終了。俺が勝ったらこの領地は全て俺の物。そしてお前らは俺の所有物だ」

「お前が負けたら?」

「この領地は全部お前のものだ」

「舐めてるのか? お前が負けたらお前の人権も命も全て奪う」


 どうなってもよい人間の頭数が足りなかったんだ。


 魔物への支払いのために人的資源は確保しておきたい。


「かまわねぇよ。俺が負けるわけないからな! さっさと始めようぜ! 審判!」


 バルガスの叫びに反応して、タキシードを着た老人が手をあげた。


「王都より招かれましたバーティンと申します。この決闘の見届け人となりますのでお見知りおきを。私がここにいることが決闘の証明となり、この戦いの結果は王の知るところとなります」


 バーティンは恭しく礼をする。その仕草は非常に綺麗であった。


 決闘において中立の見届け人は必須である。そうでないと後から、互いに自分が勝ったと言いかねない。


 ちなみにこの老人が中立、バルガスの手の者でないのはすでに調べがついている。


 サキュバスがバルガスと寝て確認したらしいからな! 最後によい思い出作れただろ?


「では互いの代表者は前に出てください」

「はっ!」

「…………」


 バルガスと甲冑騎士が前に出て、互いにロングソードを構える。


「決闘のルールを説明いたします。一騎討ちでどちらかが死ぬ、もしくは気絶するまでとします。では……はじめ!」


 審判の開始宣言と共に、バルガスが甲冑騎士に襲い掛かる。


 縦に横にと剣を振るうが、その全てを甲冑騎士が簡単にさばいた。


「これならどうよ!」


 バルガスは更に縦横無尽に剣戟を放つが。


「…………」


 甲冑騎士は全く怯えのない様子であっさりと剣で防いだ。


 それもそのはず、彼に恐怖心などというものは存在しない。


「ちいっ! 薄気味悪いやつだ! くたばりやがれぇ!」


 バルガスは甲冑騎士の兜めがけて、剣を大きく振るった。


 だがそれに対して、甲冑騎士は何の防御もしない。


 勢いある斬りつけが兜に直撃して地面に跳ねとんだ。


「へっ! 兜ごと首が飛んじまったか! 悪いな、俺が強すぎてな! 約束通りお前は俺の奴隷だ。公爵家に渡す前に調教して……」


 勝利を確信して笑い、俺に顔を向けてくるバルガス。


 その背後では首の飛んだ甲冑騎士が、ゆっくりと剣を振りかざして……。


「がっ!?」


 甲冑騎士がロングソードの腹部分で、バルガスのみぞうちを思いっきり叩きつけた。


 無様に地面に倒れて泡をふくバルガス。


「……そこまで! この決闘、ライジュール・エルダ・ブラウン様の勝利とする! ……しかしまさかデュラハンとは」


 審判の宣言と共に決闘は終わった。


 さてここで種明かしをしよう。この甲冑騎士は人間ではなく魔物だ。


 デュラハン――騎士甲冑に取りつく幽霊が、俺の代わりに決闘を行ったのである。


「決闘は人間以外でも可能でしょう? 過去にも例がありますし」

「ええはい。それ自体は問題ありません。しかしデュラハンとは……決闘では最適な魔物ですな」


 バーティンはデュラハンを感心しながら見つめている。


 何故デュラハンが決闘において最適か。それは一騎打ちで戦闘不能にするのが極めて難しいからだ。


 全身鎧姿な上に本体は霊体の上級魔物。斬っても血も流さないし本体は殺せない、鉄の鎧を壊せば無力化できるが……それも難しい。


 仮にこいつを討伐するならば、優秀な剣士と神官のペアが必要だ。


 剣士がデュラハンを押さえる間に神官が呪文を詠唱して浄化するしかない。


 だが一騎打ちにおいてはそれもできない。


 剣士だけで鉄鎧を倒すのは至難の業だし、神官だけでは呪文を唱える前にやられてしまう。


 なので決闘においてデュラハンは最適なのだ。


「いやはや非常に珍しいものを見させて頂きました。では私は王都に戻りこの結果を知らせますので」


 バーティンはそう言い残して去っていった。


 ……ところであの人、最初からデュラハンであること見破ってたよな?


 わかってなかったら首が落ちた時点で、バルガスの勝利宣告をしてただろうし。


 いったい何者なんだろ……まあいいか。


「よし! これで都市アルダは取り戻したぞ!」

「ーーーー!」


 俺の叫びに合わせてサーニャがガッツポーズをとる。


 さあここから魔物によるチート内政タイムだ! 


 まずは死の港を復活させて……そう考えていると、デュラハンが俺の服のすそをちょいちょいと手で引っ張って来た。


 忘れてはならない、魔物たちを使役するには生活の面倒を見なければならないことを。


「……少々お待ちください。今用意させております」

「…………?」


 サーニャが首をかしげてこちらを見ている。


 デュラハンって生活に必要なものあるの? ということだ。


 確かに甲冑騎士に取りついた幽霊に何かが必要とは思えないだろう。


 だがそれは偏見である。端的に言うなら……デュラハンはヤドカリだ。


「坊ちゃま! お待たせいたしやした! お求めの甲冑です!」

「よしすぐに脱げ!」


 買い物に行かせていた村人が、新品の甲冑を着て戻って来た。


 デュラハンの要求を予想してすでに指示を出していたのだ。


 ――ペガサス様に乗って甲冑を買ってこいと。帰ってくる時に装備するのは許した。


 流石にペガサスに乗った状態で、鎧を箱とかにいれて運ぶのはかさばるからな。


 村人はせっせと鎧を脱いで、地面に揃えて置いた。


「…………」


 甲冑騎士はサムズアップをした後、ガシャリと音を立てて鎧や小手や兜が崩れ落ちた。


 そして村人が着てきた置いていた鎧や小手などが、宙に浮き始めて……合体して人間が騎士甲冑を着たような状態になった。


 デュラハンの生活の面倒を見るとは衣食住の衣をさすのだ。いや鎧が家感覚なら住でもあるか?


 デュラハンは鎧の手をニギニギしたり、腰の鞘から剣を抜いてうんうんと頷いている。


 ……フルアーマープレートってわりと高いので、できれば三月に一度くらいにしてもらいたいなぁ。

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