第3話 ゴーレムを召喚しよう


 俺がペガサスを召喚して金貨五枚を得た後、村での扱いは一変する。


 まず宿が小さなみずぼらしい掘っ立て小屋から、村長の自宅へと移らないかと提案があった。


 この村に宿はないため彼らなりの最高待遇である。


 更に村の談合に呼ばれて発言を求められた。なのでイヤミったらしく言ってやった。


「我らはバルガスの非道な暴力に抵抗しなければならない! ……ないとは思うが、まさかペガサス様に逆らう者はいないな?」

「「「は、ははっ!」」」

「今の言葉、しかとペガサス様にお伝えする。もし反すれば……それは神に逆らうに等しく、天罰が降るとしれ!」


 彼らにもくぎを刺しておいたので、そうそう裏切ることはないだろう。


 この村もアダムス教の教会があり、ペガサスも神聖な魔物として教えられている。


 下手に逆らえば天罰、そう思う者は多いはずだ。


 ペガサス様を足にして商売で儲けるのはよいのかって? たぶん大丈夫なはずだ。


 アダムス教では商売を否定してないし……たぶんいけるはず。


 ちなみに普段寝る場所に村長の自宅を勧められた件だが、断ってこれまでの掘っ立て小屋で寝ることにした。


 村長の自宅だと誰に話を聞かれるかわからないからな……。


 そんなわけでサーニャと二人、いつもの小屋で秘密の会議を行っていた。


「サーニャ。今後のために、俺の召喚魔法について教えておく」

「…………(コクコク)」

「召喚魔法自体はアルダ家の血筋の者ならば誰でも使える。ここまではいいな?」


 サーニャは再度うなずく。召喚魔法自体はアルダ家しか使えない、逆にアルダ家の血を引いていれば誰でも扱える。


「では何故うちの親父は、ペガサスを召喚しなかったのか。それは簡単だ、魔力が足りなくてできなかったからだ。覚えているか? 親父が村の皆の前で、ゴブリンの頭だけ召喚して見せたことを」

「…………(コクコク)」

 

 この召喚魔法は物凄く魔力を必要とする。


 並みの魔法使いどころか、才能にあふれた天才魔法使いであっても足りない量を。


 親父の魔力も並みより多めだったが、それでもゴブリンの頭だけ召喚するのが精いっぱいだった。


 対して俺の魔力は凄まじい量がある。親父がバケツ一杯程度の量なら、俺は最低でも25メートルプール分はある。


 はっきり言って魔力の量だけなら、世界トップクラスであろう。だからこそ召喚魔法がまともに発動できる。


 逆に言うとそれほどの魔力がなければ召喚魔法は使えない。


 なのでこれまでのアルダ家に召喚魔法を実用的に使える者はいなかったわけだ。


「何ならドラゴンだろうが、それこそ神と呼ばれる魔物でも召喚自体は可能だ。だが今の俺達はするわけにはいかない、何故かわかるか?」

「…………(コクコク)」

「前に話したのを覚えていたか。魔物は……召喚したら死ぬまで面倒を見る必要がある。彼らの毎日の食事や寝床は、基本的に俺達が用意せねばならない」


 これが凄まじくネックなのだ。


 考えてほしい。巨大なドラゴンを召喚したとする。


 街をも焼き尽くす恐ろしいドラゴン、今の状況を簡単に打破できるはずだ。


 だが……エサはどうする? 大きいため当然大量のエサが必要。


 毎日牛一頭以上いるだろう。そんな金はない。


 ドラゴンの場合、住処に関してはそこらの山に放し飼いとか許されるかもしれない。


 だがその山を所持しているのが俺でなくては、討伐隊など用意される恐れもある。


 そうなれば契約不履行として、俺はドラゴンに食われてしまうだろう。


 ペガサスをためらいなく召喚できたのは、エサも住処も馬とあまり変わらないからだ。馬ならこの村でも飼ってるから、住む場所もエサもとりあえずある。


 本人……いや本馬がお気にめすかは置いといてだが。


「召喚魔法とはあくまで召喚であって、契約はかなり軽いものだ。気を悪くした結果、魔物側が契約を破棄してくることもある……とまあ、これが召喚魔法の問題点だな。ご清聴ありがとうございました」


 サーニャはパチパチと俺に向けて拍手をする。


 簡単にまとめると、魔物を召喚するなら食と住を用意してからだな。


 それと彼女には言ってないが……俺はこの世界にいない魔物も召喚できる。


 例えば妖怪など地球産のものも呼べたりする。


「さてと。それで改めてだが……もう一体、魔物を召喚したいと思う」

「…………!」


 俺の言葉にサーニャは驚きの表情を浮かべる。


 今の話を聞く限り、迂闊に魔物を召喚すれば困ることになる。


 エサを用意しきれなかったら、反逆で殺される恐れがあるのだから。


「安心しろ。今回の魔物はエサをほぼ必要としない、物凄くお買い得なやつだ」

「…………?」


 不思議がっているサーニャの腕を引っ張って、小屋を出てコッソリと森へと歩いていく。


 あえて人のいないところを隠れ通っていたのだが……。


「おや、ライジュール様ではありませんか。森に向かわれるのですか?」


 森に向かっている途中で、初老のひげを蓄えた老人に声をかけられた。


 彼の名はラマス。この村の長にして、俺を隣領主に引き渡そうと考えていた者だ。


 はっきり言って気に食わない奴だが、老練なだけあって油断はならない。


 実際今回も森にこっそり向かっているのがバレてしまった。


 ……出来れば魔物を召喚した後に、談合で見せびらかして話のペースを握りたかったのだがな。


 ここで隠したところで今後も森を見張られるだろう。もうコッソリ魔物召喚は無理だ。


「ああ。ちょっと魔物を追加で召喚しようと思ってな」


 俺の言葉を聞いた瞬間、ラマスの目の奥が光った気がした。


 だが彼は表情を崩さすに飄々とした態度で。


「ほほう。それはそれは……ペガサス様を更にお呼びなされるのですかな?」

「違うな。戦闘力の高い魔物が必要だ。今の俺達に差し迫った脅威への対策としてな」

「脅威ですか? 何を仰いますか。今のこの村にアルダ家の方々を傷つける者はおりませぬが?」


 白々しいジジイだ。


 おそらくこいつはまだ俺を値踏みしている。そして何かあれば裏切るだろう。


 先ほどの集会の流れでこの村の意思は決した。村をペガサスに逆らうようにするのはもう無理だ。


 なので村長は普通は俺に手出しできない……だが俺を殺すことでペガサス様を救ったなどと言いかねない。


 この村の民が従っているのは、俺ではなくてペガサスの権威なのだから。


「それは喜ばしいな。だがバルガスはいつ攻めてくるか分からないだろ? もし侵攻してきた時、ペガサス様を戦わせるわけにもいくまい?」

「左様でございますなぁ。では村長として、その魔物を見ておく必要がありますな」


 ……チッ。やはり事前に情報を仕入れようとするか。


 以前の村の談合では俺の思い通りに進んだ。それは村……というか村長からすれば全てが寝耳に水で動揺していたからだ。


 だがもしあの時、俺がペガサスを召喚したのを知っていたら……。


 その時は少し話は変わっていたかもしれない。


 例えば教会に話を聞いておく、もしくはペガサスは絶対視する存在か? などと事前に他の仲間に話しておくなどだ。


 事前に村人にペガサス絶対視の疑念を抱かせておけば、あの時点で村の意思が確定することはなかったかもしれない。


 なので召喚する魔物は秘密にしておきたかった。だがここで隠してしまっては、奴はこう村の民に広めるだろう。


 ライジュール様は何やら画策していて、村長たる私にも話せないことがある。


 もしかしたら我らに不利益なことをしているやもしれぬ、と。


 そんな変な噂を広められるくらいなら、見せたほうがマシというものだ。


「……いいだろう。村長のお前にも一度くらいは、召喚魔法を見せておくべきだな」

「いえいえ、何度でも見ておくべきと存じます」

「いやいや」

「いえいえ」


 俺とクソジジイの口争。そして入れずにわたわたするサーニャ。


 結局こいつも連れて森に入り、地面に手をかざすと魔法陣が発生する。


 それをクソジジイは好奇の目で観察している。


「ほほう……先代領主様と同じなのですな」

「魔法自体は同じだからな。古の契約を遵守せよ。我が血と言葉を以て応ぜよ。求めるは力の土塊、心を持たぬ人の模倣……」


 呪文に呼応して魔法陣が爆発し、そこには2メートルほどの巨体。岩を削って不格好な人の形を模した――ゴーレムが立っていた。


 ゴーレムはガシガシと右と左の拳をぶつけている。


「ほほう……これはこれは。先代領主様は、ゴブリンの首だけ召喚なされて悦に浸っておりました。討伐報酬の耳によって、銅貨一枚だけ得たので銅貨伯爵と呼ぶ者もいましたが……ライジュール様は違うようですな」


 ……親父、あんたの行い。皆に覚えられてるぜ、悪い意味で……。


 村長はゴーレムを見て驚嘆……いや隠していたが動揺していた。


 まるで何か計算外のことがあったかのようだ。

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