第4話 ゴーレム強いぞ
ライジュールがゴーレムを召喚する前日の朝。
とある小屋の中で村長と何者かが密談を行っていた。
「アルダ家の息子はまだ差し出されないのか?」
「バルガス卿、もう少しお待ちくだされ。実は想定外のことが起きましてな」
「想定外だと? そんなこと知らぬわ! さっさと元領主とその息子を引き渡せと言っておる! 占領した都市エルダの民に対して、あの男の首を見せればもう逆らう気は起きまい! それにあの息子は、公爵家に性奴として売る密約がついているのだぞ!」
バルガスと呼ばれた甲冑姿の男は、村長に対して偉そうにふんぞり返った。
それに対して困り顔を浮かべる村長。
「いやはや……実はですね。元領主は毒で殺したのですが……泳がせていた息子がペガサスを召喚してしまいまして」
「ペガサスだと? そんなわけがあるまい! あの元領主はゴブリンの頭程度しか出せぬはずだ! 息子とて変わらんだろう!」
「駄馬が天馬を産んだのでしょう。私もこの目で見ましたので間違いありません。しかしこれはチャンスです、ペガサスはバルガス卿のほうが相応しい」
バルガスは少しの間考え込んだ後、ニヤリと口元をゆがませる。
「そなたの村を手にすれば……私がペガサスを手に入れられるということか! ならば予定通り、明朝にそなたの村を攻める! 貴様はそれまでに村人を説得しておけ!」
バルガスは興奮したのか腰の鞘から剣を引き抜いた。
そんな彼の様子を見て、村長は薄気味悪い笑みを浮かべる。
「可能であれば、もう七日ほど時間を頂きたいのですが。村人の一部がライジュールにつこうとしています。分断工作を……」
「ならぬ! これ以上時間をかけると、国の介入が入る可能性も出てくる! その前にアルダ家を滅ぼして訴える者をなくす!」
バルガスは村長に有無を言わさぬかのようににらみつける。
その目は意見など許さぬと物語っていた。
それもそのはず。この国は現在、王の力が弱まっていて貴族同士の紛争がいくつも起きている。
なので現状では国が介入する余力はなく、すぐに騒動がおさまって領主交替などなら国益に反しないと放置する。
バルガスは貴族でなくて防衛隊長だが、公爵家と話がついているため見逃される。
だが長期戦になれば話は別だ。税収が減りかねないとなれば国も騒動を収めようと動くだろう。
そうなれば反逆者であるバルガスの旗色が悪くなる。
故にこの戦は一日も早く決する必要があった。
「左様でございますか。ならば仕方ありませぬ。約束通り、公爵家にライジュールを売って得た代金は折半でお願いいたします」
「約束は守る。だがそなた、簡単にライジュール卿を見捨てるのだな」
「我らは村を最も繁栄できる者につきます。もしライジュールが我らの村のことを思うなら、公爵に売られなければなりませぬ。そうでなければ我らの村は公爵に目をつけられて滅ぶのですから、嘘をついた罪人として」
「なるほどな。逆に村を見捨てて公爵から逃げるなら、領主にはふさわしくないと」
「仰る通りでございます。領主たるもの、領地の民のことを考えて頂かなくては」
バルガスと村長の笑い声が小屋の中に響き渡った。
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ゴーレムを召喚した翌日の朝。
東隣のエルダ村から大勢の兵がこの村に向かっていると、隣村を見張っていた男が早馬で伝えてきた。
その対応を考えるために、村の広場で緊急会合が開始される。全ての村人が集まり、今後のことを相談し始めた。
「聞けっ! バルガス卿が我らに攻撃を仕掛けてこようとしている! 彼らの狙いはライジュール様だ! このお方さえ引き渡せば許すと、すでにバルガス卿からも連絡を受けている! つまり戦わなくて済むのだ!」
村長がさっそく、暗に俺達を売り飛ばせば助かると叫んだ。
なにがバルガス卿だ! あいつただの平民だろうが!
やはりこいつは俺の敵なようだ……ペガサスやゴーレムを見せたのだから、俺達を引き渡さない選択肢だってあるはずなのに。
戦力的には勝てるはずなのに最初から降伏をすすめる。
底抜けの平和主義者か裏切り者。まあ前者はあり得ないのだが。
心の底から平和主義者なら人を差し出すなんてあり得ないだろう。
「村長! 貴様は何を言っている! 私はこの地の領主でありペガサスを従える者なるぞ!」
「バルガス卿から逃げてきた者の言葉など信じるな! 我らの平和のためには、ライジュール様……いやライジュールを引き渡すべきだ!」
村長はもはや翻意を隠すつもりもないようで、俺の名前を呼び捨てにしてきた。
俺と奴の口論に対して、村人たちは困惑しながら各々口を開いている。
「確かに戦いたくはない。ライジュール様を引き渡せば……」
「待てよ。ペガサスを召喚したお方を見捨てるなど、天罰が下される可能性が……それにペガサス様がいらっしゃれば、今後は村が発展していくのでは」
「ライジュールを引き渡すべきだ! バルガス領主こそ絶対正義! ペガサス様もバルガス領主のほうが相応しい!」
……最後の奴の叫び声が妙に大きい。
おそらく村長と通じて俺を引き渡そうと画策している奴だろう。
村人の総意としては俺を引き渡すか決めかねているようだ。
つまり……ここでうまく説得できれば彼らは俺の味方になる!
「我が親愛なる領民たちよ! 私にはペガサス様以外にも……」
「皆の者! ライジュールはペガサス様を不当に扱いすでに怒りを買っておるのだ! このままではこの村に天罰が降る! その前に少しでも早くバルガス卿に引き渡すのだ! やれっ、捕らえろ!」
俺の言葉を遮るように、村長が配下らしき者たちに命令をくだした。
何がペガサスの怒りを買っているだ! てきとうな……ああいや、馬小屋の文句とかは言ってたけど……。
でもあの程度は怒りではなくて不満程度だろうがっ!
そもそも村の馬小屋が汚いのが悪いんだ! むしろ不敬を働いたのはお前だろうが!
俺を捕らえるために、三人の男が三つ又の農具を構えて近づいてくる。
チッ……有無を言わさずに捕縛してしまえば勝ちってか……ならこちらもそれ相応で相手させてもらう!
「ゴーレム! その姿を現せ!」
俺が叫んだ瞬間、足元の地面がひび割れた。そして大地を砕くようにゴーレムが下から現れる。
ゴーレムには地面に潜む力があり、俺についてくるように命じていた。
本来ゴーレムは守護者だ。遺跡や墓碑などを守るには、隠れておいて不意打ちしたほうが都合がよい。
実際身動きの遅いゴーレムに地中からの急襲を食らって、熟練の冒険者パーティーが壊滅した話もある。
俺を襲おうとした三人は、いきなり姿を見せたゴーレムに腰を抜かしていた。
「ひ、ひいっ……!?」
「ば、ばけものぉ!」
「ふ、ふざけるな! こわくなんかないぞ!」
一人はガッツがあったようで立ち上がると、ゴーレムに対して農具の先端で貫こうとする。
だが……その岩肌には全く刺さらず弾かれ、その衝撃で男は農具を手から落とす。
「ひ、ひいいぃぃぃぃ!」
惨めに悲鳴をあげる男。戦いの素人である村人程度では、ゴーレムの岩肌に傷などつけられない。
「ば、ばかな……! ゴーレムは村の外に置いていたはずだ!」
村長が醜い喚き声をあげた。
奴からすれば意味不明なのだろうが、そのカラクリはすごく簡単だ。
ゴーレムを二体召喚していただけである。片方は村の外の目立つ場所に置いて、村長などを油断させておいたに過ぎない。
村の談合が行われる時に、どうせ村長はよからぬことを考えると読んでいた。
だから策をろうじたわけだが見事に引っかかってくれた。
「我が愛する領民よ! バルガスが攻めてきたとしても問題はない! 私にはこのゴーレム、そしてペガサスもいる!」
俺は力の限り叫びながら、ゴーレムの足部分を手の甲で叩く。
するとゴーレムも声にならない咆哮を上げて、周囲の空気をとどろかせた。
「す、すげぇ……あれがゴーレム」
村人たちがゴーレムを見て感嘆している。
2メートルほどの岩の巨体は威圧感満点だ。
まともな武人などいないこの村では、ゴーレムの圧力に逆らえる者はいない。
ここでトドメだ! 一気にこの村の民衆の支持を、俺に全て持っていく!
「諸君! 私についてこい! ゴーレムやペガサスと共に、バルガスの暴虐を粉砕するのだ! 正義は我にあり!」
「そうだ! 元々攻めてきたのは奴らなんだ!」
「ライジュール様に続け! バルガスなにするものぞ!」
決まった……民衆たちは俺を指示する言葉を叫んでいく。
弱きをくじき強きを助ける。それこそが彼らの考え、こうなればもう俺を差し出すなんて選択肢は発生しない!
「なっ!? 待て! ライジュールを差し出せば戦わずに済むのだぞ!」
「そんなの謀反したバルガスが守るとは限らないじゃねーか!」
「そうだ! それに元領主様への恩義もある!」
村長がまだ何か必死に言っているがもうムダだ!
民意は完全に俺に回ったのだから! むしろこれ以上言えば、村長の立場が悪くなる可能性まである!
「ぐっ……! 待て、ならばまずは私が出兵したバルガス卿に交渉に向かう! 戦いを避けるのも必要なはずだ! 同じ領地の仲間なのだから!」
そんなことを言い残して馬小屋へと走っていく村長。馬を使って交渉に向かうつもりだろう。
……いや無理だろ。攻めて来てる相手が交渉で引くわけがない。
奴らは勝てると踏んで攻めているのに、それを言葉だけでの説得など無理筋。
ペガサスやゴーレムを見せての交渉ならともかく……俺は奴に魔物たちを貸すつもりはない。
つまり仮にペガサスたちのことを伝えても、確実に嘘としか思われず抑止力にならない。
もしそれが通じるならば、間違いなく村長はバルガス領主と内通している。
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