第3話
帰りの会が終わると、俺はそそくさと教室を出た。
のろのろしていたら、またあいつらに出鱈目なことを言われると思ったからだ。そうなってしまったらとても面倒くさい。
下駄箱で靴に履き替え、校舎を出て、いつもの通学路を歩く。
地面に石ころが転がっていたのでつま先で軽く蹴ると、側溝に落ちた。
また新たな石ころを見つけようと俯きながら歩いていると、後ろから誰かが走ってくる音がした。
振り返ってみると、そこには中石がいた。
「何?どうしたの」
俺はそっけなく尋ねた。中石と話している所をクラスの男子に見られたら、完全にアウトだ。早く済ませてしまいたい。
「その……落ち込んでるのかなと思って。下向いてたし……」
「いや、家まで蹴り続けられるような石探してただけ。ただ歩くのって暇だから。ていうか、なんで俺が落ち込むんだよ」
中石は少し答えづらそうな様子だったが少し間を空けると、言葉を選ぶように話し始めた。
「今日のドッジボールの後……リョウくんが他の男子に色々言われてて困ってそうだったから……」
俺は驚いた。
中石と話したのは3年生ぶりなのだが、俺の名前の呼び方がその頃から変わっていなかったからだ。
中石と話すのも、この呼び方を耳にするのも本当に久しぶりだったので、俺の頭は混乱していた。
「その……気にしなくていいからね。私にボールを投げても大丈夫だよ」
中石はこちらの様子を伺うように見つめてくる。その瞳は、真っ直ぐ俺を捉えていた。
「別に気にしてねーよ」
俺は端的に、単調に答えた。
「……そう?ならいいんだけど……」
そのまま中石は黙ってしまった。帰らないということは、まだ話すことがあるのだろうか。
しばらくの間、沈黙が流れる。
そして中石はゆっくりと口を開いた。
「なんだか、リョウくんと話すの久しぶりだね……」
いきなりなんなんだ、こいつ。
一刻も早くこの場から離れたかったが、余計なことを言ったらまた泣くんじゃなかろうかと思い、我慢した。
「あのさ、3年生の時のこと覚えてる……?もしかしてあの事を気にしてボールを当てられないんじゃないかなって思ってたの」
それまで冷静さを保っていたのに、俺は思わず反応してしまった。
中石は続ける。
「その……もう私、泣かないよ?だから気にしなくても……」
「嘘だろ!」
俺はついに大声を出してしまった。中石の体がビクッと震えた。
「また顔面に当たったら絶対泣くだろ。お前すぐ泣くじゃん。この間のグループ学習の時も自分だけ話についていけてなくて泣きそうになってただろ」
中石は目を丸くしている。
「水泳の授業だってゴーグル着けてたくせに、目真っ赤だったじゃん。泳げないから泣きそうだったんだろ。委員会の時だって、仕事忘れてて先生に注意された後、目がうるうるしてたし。そんくらいで泣くなっての」
「泣きそうになってただけで……泣いてなんか……ない」
中石は今にも消え入りそうな、震える声で訴えた。
こいつ、また泣くのか。
そう思った途端に、またムカムカしてきた。
そうやってすぐ泣くから。
気を遣ってボールを当てないようにしてるんだ。
それなのに男子にはあんな風に言われるし、自分は大丈夫だと言った中石は泣きそうになっている。
どうすればいいのかわからなかった。
だからもうこの場から立ち去ることにした。
「じゃあ、そろそろ帰るわ。それと……昔の呼び方で名前言うのやめてもらっていい?恥ずかしいから」
やばい、絶対に泣く。
そう思ったのは、すでに口に出してしまった後だった。
俺は中石の顔を見ずに、そのまま走った。
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