終章 夏の時間

第219話 お届け物でーす!

SIDE 葵


「はぁぁぁ。仕事してください!社長!!」


「だってぇ〜・・・。帰っていい?」


デスクに突っ伏して足をじたばたしながら私は恵ちゃんに答えの分かり切ってる事を聞く。


「駄目に決まってるでしょう!他の社員に示しも付きません!」


「ぅぅぅ・・・お弁当ぉぉ〜・・・。」


「忘れるのが悪いんです。諦めて社食に行くか、外にでも食べに行きましょう。」


「悠ちゃんのお弁当ー!!」


「はぁ〜・・・そこまでになるなら何故忘れたんですか。」


「だってぇ〜・・・朝は立て込んでたんだもん・・・。」


そう、午前中の仕事が余り進まない理由は、出掛けに立て込んでた事と夏休みに入ったのもあって、悠ちゃんがお弁当を作ってくれて嬉しくて・・・。


「忘れてくるなんて一生の不覚・・・。」


「大袈裟でしょう・・・。」


「大袈裟なものですか!愛しい我が子の手作りなのよ!!」


「はいはい・・・。とにかく仕事してください。これでは午後に響きますので。」


むぅ・・・恵ちゃんがきびしい〜!私が悪いのは分かってるけどぉ〜・・・。はぁ・・・仕方ないけどやるしか無いか・・・。

私は、PCに向き直して、入力を始める。

集中して1時間ほど経った頃、コンコンと、社長室をノックする音に気付いて顔を上げた。


「どうぞ。」


恵ちゃんが声をかけると同時に秘書の子が扉を開く。


「失礼します。ご子息とご息女をお連れしました。」


「はい・・・?はいぃぃぃぃ?!」


開いた扉からこちらを覗いてるのは少し呆れた顔をした菜月ちゃんと話題になってた悠ちゃんだった。


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SIDE 悠馬


あれま?母さんってば・・・忘れてんじゃん。


「菜月ー!出かけてくる!」


「どうしたんですか?兄さん。」


「ほらっ、これっ。」


俺は手提げ袋を顔の辺りまで持ち上げて菜月に見せる。


「うん?もしかしてお弁当ですか?ママってば忘れたの・・・?」


「らしい。朝はバタバタしてたからなー、それのせいだろ?って事で見学がてら届けてくるわ。」


「それなら私も行きます。兄さんを一人で行かせたら私が後で怒られますもん。」


「んじゃ、行くか。」


俺と菜月は戸締まりをしっかりとして、母さんの会社に向けて出発ー。


「そう言えば、母さんの会社の場所知らないな俺。」


「行ったこと無いですもんね。私は分かるので案内しますっ!驚くでしょうね!きっと!」


「頼むな!それじゃ二人で母さんの驚いた顔を見に行くかっ。今から行けばお昼前には着くだろうしな。」


俺の案内をすると意気込んでる菜月を撫でながら夏の太陽の元、俺達は仲良く楽しく話しながら、電車とバスを使って一路目指すのだった。


……………………………………………………………

「はぁぁ・・・バイクの免許取ろうかな〜?取れても原付きだけど。てか、車の免許欲しいわ。」  


「バイクは流石に心配なのでママも許可はしないと思いますよ?車はまぁ・・・義姉さん達の事もあるので良いでしょうけど、どんなに早くても後一年は先ですね。」


「だよなぁ〜・・・。車は勿論だけど、バイクも欲しいんだけどなぁ。」


電車・・・ホームに俺と菜月が立つと離れていた人達が側に寄ってきて、同じ車両に乗り込んできた。バス・・・俺と菜月が乗り込んだら、近くに塊が出来た。


「めっちゃ、聞き耳立てられてたなぁ〜・・・。あのお婆さん大丈夫だよね?」


「流石に大丈夫だと思いますよ?兄さんが席を譲ったんですし、そんな相手に文句なんて言わないでしょう。」


「だと、良いんだけどな〜。てか、お婆さんも恐縮しまくってたな。当然の事しただけなんだけどなぁ〜。」


「まぁ・・・兄さんがってより男性から譲られたと言うのが大きいんじゃ無いかなと。」


「そんなもんか・・・。」


バスの移動中、空いていた所に俺と菜月は座っていたんだが、次のバス停で杖ついたお婆さんが乗ってきたのを見て俺は直ぐに席を譲ったんだが、物凄く恐縮されて、半強制で座らせたのだ。


「っと、そんな話をしている間に着きました!ここがママの経営する会社のビルですー!」


いやさ・・・でけーって・・・大企業なのは知ってたけどさ・・・。


「すげーな・・・としか出てこないわ。てか、アポイントとか居るんじゃね?!この規模なら!」


「取引先とかならともかく、家族ですし大丈夫では?最悪、預けるだけ預けて帰れば良いんですし。」


「それもそうか。おしっ!!気後れするけど・・・いざっ!参らん!!!」


「なんですかそれ・・・。兄さんが気後れとか・・・無いでしょう?」


それは酷くないかい?兄さん泣くよ??


菜月を伴い、ビルの中に入っていく。

綺麗なお姉さん達が座って待機しているカウンターに俺と菜月が近づいていくと、菜月に気付いた受付嬢がカウンターから出て話し掛けてきた。


「これはこれは、菜月お嬢様。本日はどうなされました?」


「知り合い?菜月。」


「そうですね・・・何度か来た時に話したりしてるので覚えてもらえてるみたいですね。えっと、母は会社に居ますか?届け物があるんですけど。」


「・・・ぇ?お兄様・・・?」


「あぁ、はい。そうですよ、今日は兄と一緒に来ました、こちらは兄の悠馬です。」


「初めまして。何時も母がお世話になってます。逆月家、長男の悠馬です。以後、よろしくお願いします。それで、母は居ますか?会えますか?」


「は、ははは、はぃぃぃぃ?!だだだ、大丈夫ですぅぅぅ?!」


いやいや、聞いてるのよこっちが。疑問形で返されると困るのさ。


「私たちが聞いてるんですってば・・・。とにかく大丈夫なら連絡して貰えませんか?」


「だね。あっちで座って待ってるかな・・・。」


「す、直ぐにー!!」と、大急ぎでカウンターの中に戻って内線?をかけて「はい!はい!」言いながら確認を取ってる姿を眺めながら、周りからの視線を少し鬱陶しく・・・。


暫くして、カウンターから少し離れた場所にある、エレベーターから一人の女性が降りてきて、俺達の所まで歩いてきた。


「お待たせいたしました。ご案内させていただきます。」


「あ、はい。ありがとうございます。兄さん?」


「あ、あぁ、何でも無い。わざわざすいません。お願いします。」


俺達は案内に降りてきた女性の後に続いてエレベーターに乗り込む。

途中、何人か乗り降りしてきたけど、俺を見てはびっくりしていたのが印象的だった。


「それにしても助かりました。」


「何がです?」


「実は・・・社長がですね・・・。お弁当を忘れたから帰りたいと・・・。」


「ママぁ・・・。」


「母さんさぁ~・・・。」


余りにもあんまりな言い分に俺も、菜月もゲンナリである。


「それじゃ、少し急ぎますか・・・。仕事に支障出てるのは問題ですしね。」


「ですね、急ぎましょうか、兄さん。」


俺と菜月は案内をしてくれてる秘書さんを少し急がせ3人で母さんの居る部屋に急ぐのだった。


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「ええ?!二人とも何で?!」


「何でも何も・・・忘れ物を届けに来たんですよ。」


「そうそう、秘書さんに聞いたけど帰りたいとかってごねてたんだって?」


俺も菜月も部屋に入りながら苦笑いである。


「そ、それは!ちが!違うの!!!」


「何が違うんだか・・・。いつも母がお世話になってます、息子の悠馬です。」


「これはこれはご丁寧に・・・。筆頭秘書を務めております、天羽恵です。バレンタインはご馳走様でした。」


「いえいえ、こちらこそ沢山のお礼をいただきまして・・・。」


俺が天羽さんと話しているのを尻目に菜月は母さんにお弁当を届けてる。


「と言う訳で、お届け物ですー!」


「全く、弁当を忘れたくらいで早退しようとしないでくれよ、母さん。」


「うぅぅ・・・だってぇ・・・。久しぶりの悠ちゃんのお弁当なんだもん・・・。」


「はぁぁぁ・・・ママの気持ちも分かりますけど部下の手前でしょう?変にごねないでください。」


「はぁ~い・・・。ありがとねっ。二人とも。」


「良いさ。ところで、会社の中って見て回っても良いのかな?後さ、もうすぐお昼だし社食とかって使っても良いの?」


「大丈夫ですよ。私が案内をさせていただきますので社長は遅れてる仕事を頑張ってください。」


「そ、そんな?!私も悠ちゃんの案内したいのに?!!?」


「遅れてるので自業自得です。お昼には食堂にお連れしますので、お昼はご一緒してください。」


「遅れてるんじゃ仕方ない・・・。頑張ってね!母さん!後でね!」


「頑張ってください、ママ。また後でです。」


「そ、そんなぁぁぁぁ。悠ちゃぁぁんっ!菜月ちゃぁぁんっ!」


大げさな母さんを部屋に置いて俺と菜月は天羽さんの案内の元、会社の中を見て回る事にしたのでした。

まぁ・・・、男の俺が見ては行けないところもあるだろうけど・・・それはそれとして・・・母親の職場探検を開始した。


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