第216話 志保の怒りと悲しみ、そして悠馬が出来る事

SIDE 1-D教室


「天音先輩・・・?」


「私の言った言葉が聞こえませんでしたか?それとも理解する頭が無いのですか?」


去年からの動画とか普段の先輩からはとてもじゃ無いけど想像なんて出来ない天音先輩の姿に全員が息を飲んだ。


「まぁ、良いです。全員座りなさい。向井渚が戻るまで教室から出る事を禁じます。」


そう言った天音先輩は静かに教卓の前に立つ。


「いや・・・ちょっ・・・。」


「ぇぇ・・・。」


「あの・・・私、部活が・・・。」


「は?それがどうかしたんですか?」


「ひぃっ。・・・何でも・・・ありません・・・。」


「そうですか。」


どうしよう・・・物凄く怖い・・・。私だけじゃなく、クラス中が怯えてるのが分かる・・・。


「さて・・・私がここに来た理由を話します。分かってると思いますが、今、向井渚さんは悠馬さんの所に居ます。」


天音先輩の声は平坦で、一切に抑揚も無いのが恐怖を更に掻き立ててくる・・・。


「そして、彼は・・・悠馬さんを殴り飛ばしました。」


「「「えっ?!」」」、「「「そ、そんな!!!」」」


ぇ・・・?向井くんが・・・?どうして・・・。


「悠馬さんは私達に言いました・・・!と稲穂さんにも!とっ。きっとこうなる可能性も考慮して居たんでしょう・・・。」


教卓の上で握りしめられた天音先輩の手からはギリギリと音が鳴るんじゃ無いかと言うくらいきつく、固く握りしめられてるのが分かる・・・。


「それもこれも全て、貴方達のせいです。」


「な、何で・・・。」


お前達が原因だと言われて疑問を口にする子がチラホラと・・・。


「そんな事も分からないと?はぁ・・・1〜100まで全て言われないと理解すら出来ませんか。これなら園児の方がマシですね。」


天音先輩の話は続く。この事態に教室を覗いて様子を見てる他のクラスの生徒の姿もチラホラと見える。


「それもこれも全て貴方達の浅はかな行動が原因だと理解しなさい!!!」


ガンッ!と教卓を叩く音とドスの聞いた声に全員がビクンっと身体を固くした。


「ふぅ・・・。深山威さんの一件が今の状態だとは私も分かっています。ですが、彼女は謝罪もしていれば被害者の菜月さんも納得して彼女を許しています。そして、罰も受けている。それなのに、貴方達は何をしているのです?」


「そ、それは・・・でも・・・だって・・・。」


「どうしました?ハッキリと言いなさい?」


物凄く静かでいながら冷淡な声が教室に響き渡る。

そんな雰囲気に誰も何も言えなくなってる。


「ほら?そこの貴女、答えなさい?」


「ぅぅ・・・私達にまで被害出るかなって・・・。だから、今みたいな状態にするしか・・・何かしたら同じになるし・・・。」


天音先輩の迫力に聞かれた子は完全に涙目になってしまって声も震えてる・・・。


「貴方達、本当に高校生ですか?来る場所を間違えてるのでは?それで?男子も同じですか?向井さんは、何も相談しなかったのですか?」


天音先輩の言葉に私は男子達に自然と視線が向いた。


「そ、それはその・・・相談はされました・・・。」


「深山威の事をこのままで良いとは思えないって・・・。」


「でも、向井には悪いけど協力して俺等も睨まれたり敵対したって思われたらって・・・。」


「だから逃げた訳ですね。」


「「「逃げたなんて!!」」」


「何が違うのです。貴方達は逃げたんですよ。」


遠慮の無い言葉に男子達も何も言えなくなってしまって下を向いてしまう。


「誰が言ったのか教えてもらえません?向井さんに協力したら悠馬さんと敵対する事になると、深山威さんを助けたら敵と見られると言ったのか!」


誰も何も言えない。だって誰も言ってないんだもん。

自分達の勝手な想像を本当だと思っただけの事。


「誰も言ってないのでしょう?それとも悠馬さんが一言でも言いましたか!?」


「「「・・・・っ。」」」


誰も何も言えない・・・だって逆月先輩は一言もそんな事言ってないんだもん。


「勝手に決めつけて、自分達のしている事を悠馬さんのせいにしてっ!自分は悪くないと免罪符を付けて!!」


天音先輩の声が教室に響く、私達の勝手な思い込みを先輩のせいにして、正当化している事を心から嫌悪するかの様な声で・・・淡々と・・・。


「自分達の行いを!考えを!悠馬さんのせいにしないでくださいっ!!!私は!貴方達を心から軽蔑します!!」


下を向いていた天音先輩が顔を上げた。

その目には大きな涙があって・・・自分の愛する人に勝手な妄想を押し付けられて、利用している事を本気で怒り悲しんでいる顔だった・・・。


「俺達・・・何をしてんだろ・・・。」、「里香と変わんないじゃん・・・んーん、もっと最低だ・・・。」


天音先輩の言葉、顔に浮かぶ怒りと悲しみを目の当たりにしたD組は、私も込みで後悔しか浮かんでこない・・・。

全て、天音先輩の言った通りで何も反論なんて出来なかった。

教室を沈黙と、抑えた泣き声だけが支配してどうしようも無い、誰も何も言えない時間だけが過ぎていく。

でも、私が始まりなのは変わらないから・・・だから・・・!


「天音先輩!皆を責めるのはもう許してください。始まりは私の浅はかな行動なんですから。」


「ええ。そうですね。ですが、貴女は既に暴かれ、罰を受けた。やった事は許せませんが・・・真摯に受け止め通い続けてる事は、私は認めています。今の現状がどれだけ辛いか、私には完全には理解は出来ませんが、私の親友と同じくを私には否定する言葉を持ち得ません。」


戦うなんてそんな大袈裟なものじゃ無い・・・単純に諦められないだけで・・・。


「私の親友も貴女よりも酷い事になっていました。それでも諦めず、逃げず向かい合った。だから私を始めとした沢山の友人が、仲間が支えました。そんな彼女はとてもです。今のは、私の親友を否定するのと同義です。だから、否定など出来ないのです。何故なら、彼女は私のですから。」


誇り・・・そこまで言える相手が居る。

それは素直に羨ましくて、とても眩しい。

そんな人に認めて貰えている事は、今までの意地は無駄では無かったと思えた。


「あ、ありが・・・とう、ござぃ・・・。」


言葉の途中で涙が溢れた。

天音先輩の言葉が私に染み渡る・・・。


「少なくともここに一人、今の貴女を認める人間が居ます。がんばりなさいっ!」


「は・・・「先輩だけじゃない!!!」・・・え?」


声のした方を向くと左頬を思いっきり腫らした向井くんが天音先輩を真っ直ぐに見つめていた。


「向井さん・・・どうやら答えは出たようですね?悠馬さんにやられましたか?」


「はい・・・思いっきり。でもその御蔭で目が覚めました。」


「そうですか、それでは後は貴方に任せましょう。言う事、ありますよね?」


「はい!」


そうして、向井くんは私に向かって真っ直ぐに歩いてくるのを私も、クラスメイトもただ見つめる事しか出来なかった。


…………………………………………………………

SIDE 渚


「何でだよ?!何であんな!公開処刑なんてしたんだ!!」


俺は馬乗りになったまま、殴り続ける。

と言っても、まともに当たったのは最初の一発だけで後の殆どは防御されてる・・・。


「私!先生呼んでくる!もう見てられないよ!」


2-Aの人が教師を呼びに行った!くそ!これじゃ何のためにここまで来たのか!!


「そろそろか・・・。」


「え?・・・がっ?!」


先輩に引き寄せられたと思った瞬間、気付けば俺は弾き飛ばされてた。


「な、何が?・・・ぐぇぇっ。」


腹の痛みに腹を抑えて呻く。蹴られた?!何時?!


「ふう。好き勝手にやってくれて・・・。そんで?気は済んだか?」


言いながら先輩は近づいてくる・・・たった数歩の距離・・・直ぐに俺は胸倉を掴まれて引き寄せられた。


「お前さ?何がしたい訳?」


「ぇ・・・?」


「俺ん所まで来たのはまぁ、認めてやるけど。来て何をした?ただ文句垂れ流して、終いには癇癪かんしゃく起こして人に殴りかかってよ。」


本当に・・・俺は何をしてるんだろう・・・?何をしに来たんだよ・・・。


「向井。一つ教えてやるよ。」


「な、なんですか・・・?」


「誰かを助けるって事は誰かを助けないって事なんだよ。」


それは・・・、確かにそうだろうけど・・・・。


「俺は菜月を助ける為に深山威を切り捨てた。つまり、助ける相手を選んだんだ。俺はな?聖人君子でも無ければ英雄でも正義の味方でも無いんだよ。自分の恋人や家族や友人を救う為に見ず知らずの100人を犠牲にしないと行けないなら喜んで犠牲にするぞ?」


「何が・・・言いたいんですか・・・?」


「深山威を切り捨て助けないと選択した俺にはどれだけ頼まれても助けると言う選択は出来ないんだよ。」


「何で・・・。」


「それが選ぶって事だからだ。向井、お前は何故関わろうとする?何がしたいんだ?」


「お、俺は・・・深山威を助けたい・・・やつれて行くのを見てるのは辛い・・・。」


「それで?ここで俺に殴りかかって解決するのか?」


「しません・・・。」


「だったら!お前がここに居る意味はあるのか?!お前の気持ちは何処にあるんだ!お前は!深山威里香を助けると決めたんじゃねーのか!!!」


胸倉を掴まれて先輩にで殴られる。

俺は・・・俺は・・・。


「お前が、ここに来て俺に当たり散らしたのはな!実際に深山威を助ける事で自分もハブられるのが怖かったからなんだよ!誰かを助けるなら一度助けて終わりじゃ無いんだ!も続けないと本当の意味で助けた事にはならねーんだよ!」


じわりと目が潤んだ・・・そうか、俺・・・。助けたい何て口だけで何の覚悟もして無かったんだ・・・。

先輩の言う通り、助けたことで俺もハブられるのが怖くて、それに気づかないふりをして先輩のせいだって考えて当たり散らして・・・。

ちきしょう・・・俺は何て情けないんだ、そりゃ助けてくれなんて言っても相手にされる訳無い・・・。


「どうしたい!お前はこれからどうしたいんだ!!!自分もハブられるかもしれなくても深山威里香に手を差し伸べるか?!それとも見て見ぬふりして逃げるか?!答えろ!向井渚!!!」


俺は・・・俺は!


「先輩の言う通りです・・・。俺は怖かったんだって気付きました・・・。でも!それに気付いても深山威を助けたいって思いは変わりません。俺の事で間違いを犯した深山威を助けるのは俺の役目だと思います・・・。まだ好きとかそう言うのは分かりませんけど・・・でも、知りたいと深山威を知りたいと思いました。」


そう、俺はまだ何も知らない・・・深山威の事を何も知らないから・・・知りたい。


「答え出たじゃねーか。ならお前のやる事は何だ?」


「直ぐに戻って深山威と話したいって思います。いや・・・先ずは謝らないと・・・。」


そうだ、見て見ぬふりしてごめんって、助けられなくてごめんって、許して貰えないかもしれないけど先ずは・・・。


「あぁ、それで良い。それじゃ・・・歯を食いしばれ!」


「え?・・・がへっ?!」


逆月先輩に思い切り左頬を殴られた!?すげー頭ぐらぐらする・・・。


「この一発でさっきのは勘弁してやる。さっさと行け!面倒なのも来た。」


「は、はい・・・。失礼します・・・。」


俺は頬を抑えながらふらふらと先輩達の教室を後にした。

後ろから、呼ばれた教師を先輩があしらってるのを聞きながら、他の先輩達も道を開けてくれて、それどころか・・・皆が教師を抑えてくれてるのが分かった。


本当に・・・ありがとうございます。先輩!


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