第七十九話 雌豚(13)
ズデンカは立ち上がってジナイーダの服を枝から取り、着せてやった。
「自分でやるよ」
とは言いながらジナイーダはズデンカに着せられるに任せた。
ズデンカも着替え終わると、二人は連れ立って農場へ戻った。
「ずいぶんかかったじゃないか」
ルナは椅子に坐ってパイプを吹かしている。大蟻喰は服の汚れも気にせず部屋の隅に寝っ転がっていた。
「いろいろあってな」
ズデンカは暈かした。ルナも特に興味はないのか訊いてこなかった。
「ふぁあああ。そう言えば、レギナさんはどこ行ったんだろう?
ルナはあくびをして立ち上がった。
「知らん」
ズデンカは嘘を吐いた。また嘘を重ねた。前も吸血鬼の血盟団『ラ・グズラ』に加わったことを伏せておいた。今また、レギナとドロタが死んだことを隠した。
「私も見なかったよ」
ジナイーダが和した。ズデンカは心のなかで感謝した。
アグネスに仕込まれたからだろう。表情は変えていなかったが、しかしどこかぎこちない感じもあった。
――あいつらは厳しいんだな。
「ふうん。そうかあ」
レギナの養父母はまったく気にしていないようだった。会話一つ買わすことなくおのおのそれぞれの仕事に熱中している。
それでも死んだことがわかれば――もっともあの人豚を見て、とても幼女だと見抜けないだろうが――騒ぎ出すに違いない。
――早いとこ逃げねえとな。
「おいルナ、汽車に乗り遅れるぞ。すぐ立てば間に合う。宿を取るにしても、この村よりましなとこがある」
「でもー!
ルナはダダをこねる。
「レギナがいない以上、仕方ねえだろうがよ!」
ズデンカは声を荒げた。
「ルナがいたいって言ってるんだから待ってあげなよ」
大蟻喰が首を擡げて言った。
「ああ?」
さきほど派手に喧嘩した手前もある。二人は睨み合った。
「待ちなってば。俺もここは立ち去った方がいいと思うな。ご主人方も鬱陶しそうな眼で見ているしね。それにあまり暮れてくると……」
バルトロメウスがこの家に足を踏み入れてから初めて喋った。確かにこの男は夜になると虎に変わり、人を脅かす存在になる。
「チッ!」
大蟻喰は舌打ちした。
「まだ夕方まではしばらくある。出ようぜ」
ズデンカはルナの肩に手を置いた。
「ルナさーん!」
カミーユが外から部屋を覗く。
――今まで何をしてきた?
ズデンカは身構えした。
そう言えばあのディナとか言う化け物もいつの間にか姿が見えなくなっている。
「あれ、どうしたんですか? もう出発しちゃうんですか。ルナさん、レギナさんにお話訊けました?」
カミーユはしれっと言ってのける。
「それが……まだなんだ……」
ルナはしょんぼりしていた。
「えー、レギナさん、どこ行っちゃったんでしょうね?」
カミーユは首を傾げていた。
――どの口で言う。
ズデンカは心の中で思った。
結局一行は家を出ることにした。
すぐに血の臭いがした。
ズデンカにはすぐわかった。
家からかなり離れた木の枝に逆さ吊りにして皮を剥がれた肉塊が垂れ下がっていた。やがて腐れば家の中にまで臭いは入り込んで来るだろう。
ジナイーダもわかったのだろう。俯きながら歩いている。
「どうしたの?」
ルナは幸い気付いていないようだった。
「いや、何でもない。さっさと行くぞ」
――だから赤い服を着てきやがったのか。
カミーユは奇妙なぐらい明るい笑顔で前に前に進んでいた。
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