第七十八話 見知らぬ人の鏡(23)
メアリーが左肩に乗ってきたので、フランツは右手で持った剣を左腰の鞘へと収めにくくなっため当惑していると、
「フランツさぁん、フランツさぁん!」
刀身がバラバラと解れて、オドラデクへと変わった。
「先に教会へ行ってニコラスが無事かどうか見てこい」
フランツはぶっきらぼうに言った。
「えええええっ、やだなあ。なんかフランツさん、バカ女と良い雰囲気だしい!」
「い、いい雰囲気じゃない!」
「あ、あからさまに赤くなった!」
オドラデクは茶化した。
フランツは自覚があった。
「お前は申し開をしたらどうだ? あいつはお前の知り合いなんだろう?」
「知り合いみたいなもんじゃないですよ。単なる同じ場所で生まれたってだけですよ」
フランツはまだ心のどこかでオドラデクを疑っていた。
どこかで裏切るつもりなんじゃないだろうか。
しかし、メアリーだって裏切るかもしれない。
いつでもフランツの寝首を掻ける状態だ。
今だって。
ファキイルだって隠していることはあった。誰が襲ってくるかなんか、考えている暇はないのだ。
――何かやられたらその時はその時だ。
オドラデクが言う通りに動かないので、フランツは教会へ引き返した。
ニコラスはまだ眠っていた。
――目覚めなくてよかった。恢復してもらうにはよく寝て貰わなければならない。
フランツはもう寝る気も起こらなかった。疲れてはいたが、早いところゴルダヴァを抜けてしまいたかった。
「このまま置いていくって手もありますね」
メアリーが言った。
フランツから離れ、座席に腰を掛けている。
「なんだと?」
フランツは怒った。
「本人も力及ばずとわかっていたでしょう? 起きていても先ほどの戦いでは何も出来なかったでしょう」
「なら俺たちも同じだ。ファキイルが来なかったらいずれは死んでいた」
「……フランツ」
噂をすればで、ファキイルは静かにフランツの隣に舞い降りた。
「今回もお前に頼ってしまった」
「いや、申し訳ない。我の来し方がフランツもメアリーも苦しめることになってしまった」
「そのことなんだが」
「……」
「いちど、俺に、俺たちに詳しく話してくれないか? 今すぐでなくてもいい。だが追々、お前のことを知りたい。前の月の悪魔について教えてくれたが、アモスのことを……教えてくれないか」
今まで勇気がなくてとても言えなかったことをフランツは言った。同意してくれるとはわかっていたが。
「わかった」
ファキイルは頷いた。
「フランツさぁん、フランツさぁん、僕にもかまってえ!」
オドラデクは唇を尖らせていた。
「お前もよく戦ってくれたな」
ファキイルは言った。
「えへへへへ。それほどでもぉ!」
オドラデクはすぐに照れた。
――ニコラスが起きたら、すぐにここを旅立とう。
空の方を眺めた。うっすらとした光が、差して来ている。
朝が始まった。朝にここにやってきてまた新しい朝。
一日たりとも同じことは起こらないのに、朝だけは変わりなくやってくる。
恐らくフランツがいなくなる日まで。
そう思うと、なぜか寂しいような気持ちがしてきた。
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