第六十七話 吸血鬼(5)

 しばらく迷った末――


 結局、ズデンカもヴィトルドの後を追うことにした。


 正直なところ、まずは独りだけ行かせてもよかったのだ。


 簡単には死なない身体だろうから、血を吸い尽くされたり、ボコボコになって戻ってきた時、初めて参戦すればよかったのかも知れない。


 だが、生来――人間だったときも含めて――の生真面目さのせいで、ズデンカはともに戦う道を選んだ。


 やはり誰も空を見上げない。そんな余裕がないほど追い詰められているのがうかがわれた。一昼夜ばかり戦闘が続いているのだから。


 既に侵攻してきた多くのゲリラ兵は、ハウザーに殺されて吸収されたと思われるが、それでもまだ耳を澄ませると遠くの遠くで銃声が響いているのだった。


 ハウザーに煽動されるかたちで兵を挙げたゲリラ兵たちは憐れだったが、ズデンカにはそれを救出できる余裕はなかった。


やはり、歩いていくより空を飛んだ方がずっと早い。早くもズデンカは町の北端に辿り着いていた。


 噎せ返るような血の臭いがした。


 たくさんの遺骸が山のように積まれている。


 そこから滲み出して来たのだろう。満ちあふれる血で路面は家の壁は紅黒く染まり、景色を一変させていた。


 まるで、地獄に落ちたようだ。


「ズデンカさん、ズデンカさん」



 耳の良いズデンカはヴィトルドが下で叫んでいるのが聞こえた。


 ズデンカは素早く降りた。大体想像はついた。


「吸血鬼の連中がいるんだろ? いや、あたしもそうではあるが……」


 つい、他人事のように述べてしまったのでズデンカは言い直した。


「はい。どうも一匹……いえ失礼、一人や二人ではなさそう」


 ヴィトルドも言い直した。


「いや匹でじゅうぶんだ。吸血鬼なんざ、そう呼ばれたってかまわねえよ」


 ズデンカは自虐的に言った。


「いえいえ、ズデンカさんを含むのに匹呼ばわりはいけません」


 と言うヴィトルドの頭をズデンカは殴りつける。


「変な言い争いしてる暇はねえ! さっさと進むぞ」


「ですが我々だけで大丈夫ですかね」


 ヴィトルドにしてはずいぶん弱気な提言だ。


だが、ズデンカも正直不安に感じた。


 ヴィトルドは超男性だ。直感力もおそらく普通の人間よりは強い頃だろう。


 今から戦える相手が自分より弱いか強いかぐらいは、すぐに理解できる。


 弱音が漏れるくらいには強い――少なくとも自分を殺せる可能性があるぐらいは察知したのだろう。


「強い相手だったら、なおさら進むしかねえ。逃げたって回り込まれるぞ」


 ズデンカは言った。


「それもそうですね」


 ヴィトルドは応じた。


 ズデンカは進んだ。


 と、物凄い勢いで何かが飛びかかってくる。ズデンカは手で弾いた。


 蝙蝠だった。


 地面に転がったそれは膨張し、皮膚を弾けさせながら肋骨を脹れ上がらせて、その上にまた新たな皮を造形するというようなやり方で人間の姿に戻った。


「ズデンカ、久しぶり!」


 ハロスだった。ゴルダヴァ入国当初、襲撃してきたが、ズデンカは大蟻喰と協力してその胴体を別の方向へ分断し再生までの時間稼ぎをしたのだった。


「お前と話している時間はない」


 ズデンカは答えた。


「つれないなあ。また、人間なんかと一緒にいるし!」


 ハロスはヴィトルドを指差した。


「あたしも来たくて一緒に来たわけじゃない。お前らを止めるために仕方なく共闘しているだけだ」


 無念そうな顔になるヴィトルドを差し置いて、ズデンカは吐き捨てた。

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