第六十六話 名づけえぬもの(32)

「スワスティカ猟人ハンターの連中が眼の色変えて追い回してそうだな。なぜ、そんなご大尽がこんなところまで現れた?」


 ズデンカはジムプリチウスを睨み付けながら言った。


「暇潰しだ。ハウザーがどうなるか興味があったもんでね。俺の趣味はゲームだ。勝ち負けこそに興味がある」


「ハウザーは負けた。それはお前が見届けたとおりだろ?」


 ズデンカは相手が何かしてこないかと様子を観察しながら、表面上は静かに話を進めた。


「ああ、ハウザーはまるでゲームが下手だった。俺は違う。俺は勝ちしか知らない」


「馬鹿言え。おまえらは戦争で負けたじゃねえか!」


 ズデンカは鋭く嘲笑うかのような声を上げた。


「それは総統フューラーが俺の言を用いなかったから負けた。俺は最強の軍師だ。俺の言葉通りにたら絶対に勝っていた」


 とんだ与太話だ。


 ジムプリチウスは宣伝担当で軍事関係に携わったことはほとんどなかったはずだ。確かにその煽動手法に関しては凄まじいものだったことが多くの記録から明らかだが、その言に従えば戦争に勝てたということはまずありえない。


 誰でも看破できるような嘘をなぜ吐くのかズデンカは疑問だった。


――まあ、とんだ自信家なのは間違いないだろう。


 そのわりには戦争終結と同時に突如跡形もなく姿をくらましたとされる。 


 口先だけなのかも知れない。だが、どこか得体の知れなさをズデンカは感じ取った。


「どうだ、俺の美貌は?」


 ジムプリチウスは自慢げにポーズを取った。


 実際、ジムプリチウスの目鼻立ちは均衡が取れており、美しい容姿だと言えた。


 だが、ズデンカはどこか人工的な不自然さをその奥に感じ取った。


「それはお前の本当の顔じゃねえだろ」


「もちろんだ。幾らでも付け替え可能で。それでいて俺は遠隔地にありながらも自在に動かすことが出来るんだ。すごいだろ? 旧スワスティカにいたときですら、俺は絶対に人に顔を見せなかった。公に現れたのは影武者だったのだ!」


 ジムプリチウスは顔を歪ませた。


――こいつの本性はとても下劣だ。


「暇潰しならさっさと帰ってくれないか」


 ズデンカは苛立ちを見せながら言った。


「そうもいかないな。俺はルナ・ペルッツに用がある」

  

 ジムプリチウスは舌舐めずりをした。 


「何でしょうか。初めましてですよね?」


 ルナは柔和に応じた。誰に対しても見せるように。


「将来お前は俺の邪魔になる。害になる存在は省かなければならない!」


 ジムプリチウスは言った。


「それはおっかないなあ。でもわたしはあなたに怨みはないですよ。カスパー・ハウザーと過去にあれこれはありましたけどね」


 ルナは微笑みを崩さずに言った。


――こいつ、何かしてくんじゃねえか?


 ズデンカは焦った。


「とは言え、俺はすぐにお前を葬ったりはしないぞ。俺とゲームをしようぜ! 俺はお前からすべてを限りなく奪い去る。そしてお前が全てなくした後で、命を奪うことにする。お前が防衛出来れば俺の勝ち、失えばお前の負けだ!」


 ジムプリチウスは下品にわめき立てた。


「ふむ。わたしもそれなりにゲームは好きなんですが――えらく抽象的なゲームだな……全てって……言われても」


 ルナは困惑そうにした。


 だが、ズデンカはとても嫌な予感がした。 ――こいつは本気だ。


「俺は言ったことは必ず守る! 期限は今日から一年後、お前はすべてを失って立ち尽くすことだろう! 覚えて置け!」


ジムプリチウスは目を爛々と光らせた。

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