第六十六話 名づけえぬもの(24)

――クソッ。このままじゃみんな死んじまう。


 ズデンカは必死にハウザーを止める術を考えた。


「わたしがやる」


 ズデンカに抱かれたまま、ルナが言った。


「何をする」


 ルナは手を翳した。


 途端に颱風は鎮まった。


 影もかたちもなく、潰れた建物が家が残っていた。 


「どうしてそんなことができる?」


 ズデンカは驚いた。ルナの力は確実に強くなっていると前から感じていたが、ハウザーの作り出したものを消し去ることができるとは。


――ひょっとしたら、メルキオールが何か手を化しているのかもしれない。


 ルナの身体のなかに入って、と言うことなので、ズデンカからするとあまりいい気持ちにはならなかったが、メルキオールがいなければ今頃ルナは『名づけえぬもの』に変わっていただろう。


「さあ、いつの間にか」


 ルナははにかんだ笑みを浮かべた。


 ズデンカは着地した。ルナを慎重に地面に下ろしてやった。


「ハウザー。あなたはわたしには勝てない」


 ルナはそのままハウザーの元へと歩き始める。


「そりゃ君はオリジナルなのだからね。俺がコピーした力じゃ勝てない。でも、これならどうかな」


 ハウザーが指を鳴らすと、さきほどルナを取り巻いていた紫の塊の破片が次から次へと移動してハウザーを囲んだ。


「君がなりたくないというなら、仕方ない。俺が『名づけえぬもの』になろう」


 と言ったハウザーの顔が紫の塊に蔽われていく。


「無駄だよ。わたしはあなたのその塊すら消すことが出来る」


 ルナは手を上げようとした。


「危ない!」


 ズデンカは叫んでルナを血に伏せさせた。


 ハウザーが変じた紫の塊から棘のような物が伸び出してルナを貫こうとしたのだ。 


 細かい相手の動きを捉えらえられるズデンカの動体視力がなければ、阻止できなかっただろう。


 紫の塊が急に収縮して、筋骨隆々とした人のかたちを取り始めた。


 棘のようなものは鑓へ変わり、その手に握られている。


「もし、俺に近づけるならね」


 頭部がハウザーのものに変わった。以前の倍以上の大きさに変化したのだ。


「面倒くさいやつだな。ルナ、バリアを張っとけ。あたしが戦う!」


 ズデンカは駆け出してハウザーに突進した。 ズン。


 大理石の壁でも穴が開くほどの力を込めたはずだったが、逆にズデンカが地面にめり込んだ。


 ハウザーの豪腕に押さえ付けられたのだ。


 ズデンカは逃れようと藻掻いたが、かえって強く上から押さえこまれた。


 その時。


 閃光のような刃がハウザーの腕を切り裂いた。


 ルナが作り出したらしい。ブーメランのように刃はルナの元に戻っていって一瞬で消え去った。


 その拍子にズデンカは離れて後退し、ルナの前に立った。


「負担はないか」


 後ろに訊く。


「うん。わたしも戦うよ」


 ルナは答えた。


「今までだってあたしがやってきた。お前はあたしの後ろに隠れていればいい」


「でも、今回は自分で決着を付けたいんだ」


 ルナの声が答えた。


 厳かな声だった。


「わかった」


 ズデンカはルナの横に列んだ。


――こうやれば、一緒に戦える。


 ズデンカは微笑んだ。


 ルナも微笑み返した。

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