第六十五話 青白い炎(1)
――ヴィトカツィ王国中部
ゴルダヴァへ向かう列車の一等車室には、不穏な空気が漂っていた。
スワスティカ
「短い旅です。どうぞご一緒に」
メアリー・ストレイチーだ。
オリファント出身の武芸に長じた処刑人一門の出身者。スワスティカと通じているとも言われる存在だ。以前会ったときはメイド服だったが、今は血の煮凝りのような赤薔薇色の衣装に着換えている。
なぜ、フランツを付け狙ってくるのかはわからない。
以前ランドルフィで酷い目に遭わされたことをフランツはまだ覚えていた。
メアリーは枢機卿のルスティカーナを殺害し、その屋敷に火を放った。そして、その濡れ衣をフランツに着させようとしたのだ。
「どうして俺がこの列車に乗っていることを知った?」
メアリーが車室にいきなり入ってきてフランツは驚愕していた。
まだ、その驚きは少しも色褪せていない。
「偶然ですって。たまたま、この列車に乗り合わせたらあなたがいた。それだけの話ですよ、ふふふ」
メアリーは答える。
「よく出来た偶然ですねえ!」
オドラデクが明朗快活に言った。
「あなたは、話が通りやすいようですね。こちらのお方とは違って。ほら、私、あなた方のこと詳しく知らないんですよ。シュルツさんたちがどんな旅をしてきたのか、お話ししてください」
きらりとメアリーの瞳が光った。
知らないと言うことはありえない。以前メアリーはフランツがスワスティカの元残党を次から次に殺していることをちゃんと把握していた。
「お前に言う義理があるか!」
フランツは怒鳴った。
「義理はなくても、話したくなるちょうどいい情報なら持ってますよ。ルナ・ペルッツのこととかぁー」
人差し指をくるくると回しながらメアリーは言った。
「やはりお前、示し合わせて乗ってきただろ!」
のらりくらりしたメアリーの態度に、フランツの怒りは頂点に達しそうだった。
「へえ? 私は今で世間を騒がせているルナ・ペルッツの話を振っただけですよ。たまたまちょっとモチネタがありましてね?」
「世間を騒がせているだと?」
「えっ! シュルツさん、新聞とか見ないんですか?」
見ないわけではないが、ここ最近はとても忙しくて追えていなかったのだ。
「……」
フランツは黙った。
「有名な劇作家のリヒテンシュタット殺害容疑が掛けられているんですって!」
メアリーは半笑いで説明した。
「なんだと?」
リヒテンシュタットの殺害事件自体はフランツも知っていた。ヒルデガルト共和国の芸術都市ホフマンスタールで起こった事件だった。
――まさか、それにルナが絡んでいるとは!
フランツは突然ふって涌いた情報にかつてなく動揺した。
「ふむふむ。でも、それは新聞を読んでたら誰でも知ってる情報じゃないですかぁ?」
オドラデクは素知らぬ風で会話を続ける。
「もちろんそうですよ。シュルツさんが世間一般の出来事に疎いなぁって思っただけで。そのルナ・ペルッツの秘密情報を! なーんと私ちゃんが握っているのです!」
「ほほほう、面白い。いかがわしい話だったりしませんよねえ?」
オドラデクはニヤリとした。何かいろいろ含みのありそうな問いだ。
「もちろん、そんなものじゃないですよ! あなた方の情報を教えてくださるだけで、教えて差し上げるんでございますよ。ほとんど誰も知らない、知っているのはたぶん私ちゃんだけ……そうだな~、情報源の人もかもしれないけど……ともかく限られた超貴重なお得情報なんですよ。ここで見逃したら大損です!」
メアリーはオドラデクを上回る饒舌ぶりだった。
「でもなんか変ですよね。なんでぼくらの話をあなたが訊きたがるのか……不審ですねえ……」
オドラデクは言葉通り不審げな表情をしてみせてメアリーをじろじろ眺め回した。
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