第五十五話 邪宗門(10)

 ルナはハウザーと眼を合わせられず、微かに下を見て震えている。その顔はとても蒼白くなっていた。


「待て」


 ズデンカは素早く周りこんでそれを遮った。


「何がしたい?」


「ルナ・ペルッツと話がしたい」


「お前のことは信じない。一歩だって近づけられるか!」


 吐き捨てるようにズデンカは言った。


「そう言うと思ったよ……ルツィドール」


 突然、ズデンカは衝撃を喰らったが堪えた。


 ハウザーの手下、ルツィドール・バッソンピエールがいきなり部屋に入ってきたが速いか蹴りを放ったのだ。


「死ね! 死ね! 死ね! メイド!」


 その目は血走って、ズデンカを睨み付けている。ここまで敵愾心を抱かれるのは、ズデンカが旅先で何度もルツィドールを撃退してきたからだろう。


 だが、もはやルツィドールはズデンカにとって敵ではない。その動きは予測できるし、度重なる戦闘で疲弊したせいか、よろよろとして頼りなげになっている。


「おら!」


 ズデンカはルツィドールの腹を強く殴りつけた。


 ルツィドールは蹌踉よろけながら地面にぶっ倒れて、伸びてしまった。


「もうこんな雑魚しか残ってねえのかよ」


 ズデンカは挑発するようにハウザーを睨み付けた。


「単なる気休めだよ。ルツィドールの役目はここで、お終いだ。置いていくから好きにすればいいよ」


 ハウザーは笑った。


「お前の味方だろ」


 ズデンカは頭にきた。


「ルナ・ペルッツ。そろそろビビッシェのことを思い出してやってもいいんじゃないかな?」


 ハウザーはズデンカを無視して、謎めいた口調でルナに呼びかけていた。


「……」


 ルナはわずかに首を動かした。


 ビビッシェ・ベーハイム。旧スワスティカ親衛部特殊部隊『火葬人』の一人だ。


 戦争末期に処刑されたと聞いている。 


 もともとはルナと一緒に収容所に入れられていて、ルナとは短期間だが一緒に暮らしていた。


 ハウザーによって手術を施され、皮膚を繋げられていたことがあり、ルナの身体にはその傷が深く残っている。


 その後いかなる事情かは知らないが火葬人として同胞であるはずのシエラフィータ族の虐殺に組みしたとされる。


――そんな、もう死んだ奴になぜ呼びかける。


「違う、わたしは」


 ルナは口をもごもごと動かしていた。


「やめろ。そいつと話をするんじゃない!」


 ズデンカは怒鳴った。


 ハウザーの言葉に惑わされてはいけないと本能的に理解したのだ。


――こいつは、ルナに何か罠を掛けようとしている。


「会いたがっているに違いないよ。ビビッシェは」


 ハウザーは子守歌を歌うように優しく言った。


 ズデンカは勢いよく動いた。ルナを肩に担いで、ジナイーダを守るように戦闘態勢を整えたカミーユへと近付いた。


「いけるか」


「はい! もちろん!」


 カミーユは少し不安そうな表情になりながらも元気よく応じた。


「ズデンカは何で……」


 ジナイーダはまだ拘っているようだった。


「今はそんな話をしている場合じゃない! 逃げるぞ!」


 ズデンカは走り出した。カミーユとジナイーダが追随する。


 ハウザーは不気味にも笑顔を浮かべて、両手を上に上げたままその様子を見送っていた。


 一向は物凄い音を立てて廊下を爆走した。 

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