第五十三話 秩序の必要性(10)

「あー、殺しちゃった。まだまだ訊きたいこともあったでしょうに」


 オドラデクは責めるように言った。


「手の方が反射的に動いてな」


 フランツは答えた。


 嘘ではなかった。


 フランツにはアリエッタを即座に制圧できるほどの余裕はなかった。


 本当は杉の柩の場所を知りたかったのだ。オルランド公国にはあると訊いてはいる。だが具体的な場所がわかっていなかった。


 だからフランツはそれを無視して東に行くことにしたのだ。


 とは言え、場所がわかりさえすれば、探すことが出来る。


――不覚だった。


 フランツは自分を責めた。


「まあ、ぼくも自分が殺されそうになったら次の瞬間には殺しちゃってますからね」


 オドラデクは同情的に言った。


「お前に同情されても。というかお前はそう簡単に殺されないだろ」


「……フランツさんは殺されるでしょう。ほら、肩」


 そう言われて肩を見た。


 確かに派手に血が滴ってはいるが。


 痛みはもう感じない。一応、念のために薬草を取り出して何枚か重ねた。


 よほど効き目が凄いらしい。いつの間にか剣を振り下ろせていたぐらいに。


 軽くぐるぐる回しても平気だった。


――だが、今日一日は寝て置いた方がいいな。


「近くで宿を探そう――遺骸の処理をしてからな」


 フランツは作業に移り始めた。


 遺骸は少しでも原型を残すと後でばれてしまう。


 ラミュとランドルフィの国境にあたるこの周辺はかなり警察機構も手薄になっていると考えられたが。


「オドラデク、回収を頼む」


 まず、バルナボのところへ戻った。


 幸い小川はとても浅く、遺骸は倒れたままでそこにあった。


 血は止めどなく溢れ、水の色を染めていたが。


「はぁ、なんだかんだ言いつつ、フランツさんはぼく頼りなんですから、世話が焼けちゃうなあ」


 オドラデクは身体を糸に戻して、バルナボをぐるぐると蔽い尽くした。


 そして数秒もせず赤黒く弾力のある肉の塊を吐きだした。


 バルナボはこうして、跡形もなくなったわけだ。


 アリエッタの元へ戻り、やはりこちらも同じようにした。


 フランツは二つの塊を並んで仲良く並べてやり、川へ放り投げた。


 二つの赤黒い球形のものは、どんぶらこと川下へ流れていく。


 フランツたちは国境付近の停車場へと引き返した。


 当然ながらアリエッタたちの車のドアは開かれたままだった。


 物盗りの連中も流石に興味を持たなかったようだ。


「なんで連中、こんなにも注意深くなかったんでしょうね」


 オドラデクが訊いた。


「普通に生きてるつもりだったんだろうさ。過去のことなど忘れ去って」


 フランツは言った。何か情報が見つからないかとアリエッタのポーチなどを探しながら。


「なるほどー」


 とオドラデクは興味なさそうに言った後で、


「そういやあの二人って兄妹なんですよね。だからアリエッタさんは、フランツさんの二の腕が良いと言ったんですね。ふふふふふ。これは残念なことをしましたね」


 と茶化すように言った。


 フランツは少し頬が熱くなるのを感じたが、迷わず漁り続けた。


「ああ、これは」


 フランツは一枚の古びた紙をバルナボのものらしい鞄から取りだした。


「ふむふむ」


 オドラデクはそれを注視した。


 『オルランド東部の街ティーク』と記された、十年は昔のパンフレットだ。


「ここへ行くつもりだったんでしょうかね」


「近いな」


「じゃあ、寄ってみましょう」


「ああ」


 フランツは決意したように顔を上げた。

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