第五十三話 秩序の必要性(2)

「ナンパなんかじゃないですよーだ」


 オドラデクはフランツを向いて言った。


「ごめんだけど、今彼氏と旅行中だからー!」


 帽子の女はノリもよく受け答えしてきた。


 確かに隣には車を静かに運転するガタイのいい男がいた。


「へえ、お二人で旅行ですかぁ。良いですねぇ。ぼくなんか、こんな腐れ縁とあとガキと三人連れのなんにも面白くない旅ですよ」


 オドラデクは不満そうに言った。


「悪かったな」


 フランツは応酬する。


 車は並んで仲良く進む。


「そうだ。お兄さんたち、名前は何て?」


「オダンって言います。こっちはフランコですよ。荷台に坐っている餓鬼はキーラって言うんです」


 まあまあ無難な変名をオドラデクは使った。


「私はアリエッタ」


「へえ! この国の人でしょ?」


 オドラデクは訊いた。


「勘が良いわね。確かにそうよ。生まれも育ちもここでね。彼氏はバルナボ」


 フランツは不思議に思った。なぜならアリエッタはフランツでも十分聴き取れる言葉――オルランド語で話していたからだ。


 ちなみにオルランド語は、カザックでもヒルデガルトでも使われている。


 不自然なことに、訛りが少しないのだ。


 オドラデクがオルランド語で話し掛けたのだから、当然といえば当然だった

が、この土地で生まれ育った人間なら、無視するか現地の言葉を使うのが普通だろう。


――怪しい。


 フランツの心に疑念が差した。


「バルナボが長い有給を取ったから、北部に遊びに行こうかなって考えてるのよ」


 アリエッタが説明した。


「そりゃ良いですね! ぼくたちはこの旅も仕事の一環ってやつです。しかもフランコのやつが、退屈この上なくってねえ! 本当に冗談が通じなくって困ってるんですよぉ」


 ここぞとばかりにフランツの悪口を振りまくオドラデクだったが、フランツは一切無視した。


 怒ることで自分の時間を奪われたくないのだ。


 フランツは既にそこまでの境地に到達していた。


「ほんと同じ町でずっと暮らしてると退屈しちゃってね。旅がしたい旅がしたい旅がしたいってなるわ」


「うんうん。わかります! でも、いくら旅でも陰気な人と一緒だとそうもいかなくなるってもんですよ。その点、バルナボさんはどうです?」


「まあほとほどってところね。滅茶苦茶話すって方じゃないけど、そこそこ受け答えはしてくれるって感じかな」


「別に俺は無口じゃねえぞ」

 

 バルナボが短く答えた。


「あ、ごめんー!」


 アリエッタは明るく笑った。


「いい彼氏さんじゃないですか! うちのフランコったら最近はすっかり答えてくれもしなくなってねえ!」


 フランツはそれでも何も言わない。


「フランコさんは、どんなお仕事されてるの?」


 アリエッタは興味を持ったようだ。


「林業みたいなものだな。あちらこちらに出向いて伐採する」


 フランツも我ながら上手く嘘を吐けるようになったものだと感心した。


「なるほど、だからトラック使ってるって訳ね。キーラさんは娘さん?」


「妹だ。母の連れ子なんで義理の、だけどな。他に身寄りがなくて仕方なく連れ歩いている」


 フランツは手短に答えながらもそれなりに話を盛った。


「へー、だから髪の色も違うのね……あ、ごめん。さっき車が並ぶ前に荷台にいるところを盗み見ちゃった! 騒がずにじっとしてて偉いねって……」


「旅は慣れてるからな」


 フランツは言った。


――いつまで話させられるんだ。

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