第五十二話 ひとさらい(7)

 最初ドラガは目をぱちくりさせて、其れを繰り返していた。


「はっ、何を! 何をこの娘は!」


 やがて言葉の意味に気付いたのか、顔を赤くして怒鳴り声を張り上げた。


「面白い! 何を以て犯人とするんでしょうか?」


 いかにも白々しくルナは言った。


「お前はアナを連れていった。そして池に落として溺れさせて殺した」


 アナは静かに言った。その声は冷ややかで、死人のようだった。


「……」


 ドラガは蒼白になっていった。手先まで震え始めている。


「不思議だな。だって、アナさんをさらったのは背の高い男でしょう? どうみてもドラガさんは小柄じゃないか。共犯だったんですか?」


「ドラガはアナの竹馬に載っていた。そして黒い布を被ってアナを連れていった。だから奇異に思いながらもアナはついていったのだ。信用している実の伯母が来いというのだから。周りは誰もドラガと気付かず、背の高い男だと解釈した」


 アナは冷たい声で説明を続けた。


「なるほど、面白い! そういう殺人の手口があるのか!」


 驚くルナの口調は相変わらず白々しい。


「お前が言わせてるんだろ」


 ズデンカは静かに言った。


「それでアナさんは最期、どうだったの」


「ドラガは後ろからアナを蹴り落とした。上がってこようとする手を何度も何度も弾いて首を絞めて池の底に沈めた」


「やめて! もうやめて!」


 ドヴラヴカが叫んでいた。


 我が娘の最期の様子を訊きたくないという、親として当然の心裡だとズデンカは思った。


 とたんに幻は掻き消えていた。


「ふふふ。ドラガさん、どこ行っちゃったんですか?」


 ドラガは駈け出していた。ズデンカはその前に回り込む。


「おい待てよ」


――こいつは逃がしてはいけない。


本能的にそう感じたからだ。


「ひっ、ひいいいい!」


 ドラガは悲鳴を上げる。


「殺したのか?」


「こっ、ころしてませえ……」


 その後はもう何も言葉をなしていなかった。


「まあまあ」


 ルナが近付いてくる。


「こいつは人殺しで間違いなさそうだな」


 ズデンカは断言した。


「それはそれとして、ドブラヴカさんをどうするか、だよ」


「ああ」


 実の姉が、娘を殺したという普通の人間なら頭がおかしくなりそうな出来事が起こったのだ。


 既に頭がおかしくなっているドヴラヴカでも、耐え切れなくて自殺するかもしれない。


 ズデンカはドラガを拘束するより、そちらの方が気になっていた。


 だが、カミーユが動いていた。


 何も言わず、ドヴラヴカを静かに抱きしめていた。


「もう……何も考えなくても良いんですよ。辛い時は、何も」


 そして、優しく耳元で語り掛ける。


――あたしには出来ない芸当だな。


 ズデンカはつくづく思った。


 やがて、ドヴラヴカは静かに眠りについた。


「さて、ドラガさん、どうしましょう。別にわれわれは正義の味方ではない。だから、あなたに裁きを受けさせようとは思っていません」


 ルナが言った。


「……」


 ドラガは黙っていた。


「おい、どうなんだよ。あ?」


 ズデンカは脅した。このままでは話が進まないと思ったからだ。


「でも、私がやったことを知れば、ドヴラヴカは……」


「忘れさせてあげることが出来る。その程度のことならわたしでも可能です」


「その場合は、アナのことは……」


「もちろん、忘れるでしょうね。あなたと二人だけでずっと暮らしてきたことになるでしょう。子供部屋とかは綺麗にしてくださいよ。さすがに」


 ルナはウインクした。

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