第五十話 三剣鬼(2)

 麻袋を被せられた人間が一座の者と思われる男たちに後ろから押されてきた。


 おそらく、それが女なのだろう。


 マンゾーニは剣を麻袋の先に当てた。


 最初、フランツは止めようと思った。


 だが、関係ない人間に干渉して身元がばれては面倒だ。よくよく考えて辞めにすることにした。


 刀は速やかに振り落とされた。


 たちまち袋に包まれた首と思しき部分が転がり落ちたあたり、腕前は確かなのだろう。


 不思議なことが起こった。


 本来は血が吹き出るはずの女の首からは黒い煙が噴き上がり、盛り上がっていた麻袋が途端に萎れてへなへなと地面に崩れ落ちる。


 フランツはその光景を見たことがあった。クリスティーネ・ボリバルの作り出した分身が消滅するときは、そのような煙に姿を変えるのだ。


「見なしゃんせ。ほれこの通り! いつの間にか女の姿は跡形もなく消え去ったのでござーい」


 麻袋を取り上げて、空っぽの中身を示しながら口上師は続ける。


 だが、フランツにカラクリはわかっていた。


――やつらはクリスティーネ・ボリバルの分身を数多く囚えているに違いない。


 歓声が起こった。沢山の観客が金貨をマンゾーニの足元に投げつける。


 どういうからくりかはわからなくても、群衆は刺激的な出し物を求めるのだ。


 まして人が殺されているなどとは思ってもいなだろうし、それが人ですらなくその複製品だなどと気付かないだろう。


 遺骸は残らないし、警察が出動してくる様子もない。


 これはあくまで手品で作りごとなのだ。


 新しい麻袋を被された一団が、連れて来られた。


 マンゾーニは剣を閃かし、それを一つ一つ斬っていく。


――それにしても不思議だ。ボリバルの性格なら、むざむざ斬られるようなことはあるまい。むしろ反撃してくるはずだ。


 フランツは考えた。


――何か、意識を失わせるような方法を知っている?


「面白い!」


 颯爽とした声が広場に響いた。


 口上師とマンゾーニは驚いて首を上げた。


「歯向かわない相手を斬るのは剣客らしくないよ。マンゾーニさん」


 群衆が自ずから左右にわかれ、黒い――それはまさに神父のようだった――を纏った男が現れ出でた。


「貴様は!」


 マンゾーニは叫んだ。


「おおおっと、大変なことが起こってしまいました。三剣鬼が一人、神の嬰児ドゥルーズがこの広場にぃ!」


 口上師は興奮して叫んだ。


「久しいですね」


 ドゥルーズは剣を抜いた。


「貴様! この後に及んで俺と戦おうというのか」


 広場を蔽い尽くす熱狂。


 だが生憎フランツは寡聞にして三剣鬼とやらの名前を耳にしたことがなかった。


 往々にして世間では知られないのに、その界隈だけで通っている名前がある。


 この広場に集まっている連中は知っているようなので前もって呼びかけられていたのか。


 どちらにしてもヤラセ臭かった。


「待て待て待てー!」


 そこに女に見紛う豊かな金髪を持った軽やかな剣士が駆け抜けてきた。


「訊けばこのマンゾーニとやら、抵抗も出来ぬ女人を斬り伏せて事足れりとしている、まことに以て不逞の奴原、この俺グリルパルツァーが天誅を下してやる」


 勢いよく剣を抜いて、二人の前で身構えた。


「まさか、まさか、まさかまさか。伝説の三剣鬼が今日ここで相見えるとは! このような怒りうるのかぁ!」


 口上師はがなり立てる。


「やれやれ」


 フランツはため息を吐いた。

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