第四十九話 吸血鬼の家族(9)

「で、他のご家族とはどうなったの?」


 ルナが訊いた。


「離ればなれだ」


 ズデンカは答えた。


「ふうん。その後会ったりしなかったの?」


「ゲオルギエとは旅先で何度かあった。あいつ、会う度に若返っていやがる」


 そこに嘘はなかった。


「お父さんは?」


 ルナはゴルシャのことを知りたいらしい。


「親父とはもう会わなかったぜ。百年前に吸血鬼狩りに殺されたらしい。最期までずっとゴルダヴァを離れなかったとか」


 ズデンカはその事実を告げるのに何の感慨も抱かなかった。関わりのない他人の死を告げるようなものだ。


「あ。そう言えば前訊いたな。結局親子の再会は叶わなかったって訳だね」


 ルナがからかいながらも筆を走らせた。ルナは幻想をインクにして文字を手帳に書き付ける。


 と言うことは自分の記憶のどこか一部が使われている可能性もある。


 ズデンカは気味が悪かった。


「どうでもいい話だ。記すまでもない話だ」


 ズデンカは繰り返した。


「そんなことはないよ。大事な大事な綺譚おはなしだ」


 ルナは答えた。筆を走らせ、一息に書き上げる。


「さてさて、史的な興味は尽きないけど。そろそろ図書館をお暇するとしよう。もう閉館時間だ」 


 ルナは金鎖を引っ張って懐から時計を取り出していた。


「願ったりかなったりだぜ」


 ズデンカは慎重な手付きで史料を片づけ始めた。ルナにやらせるとグチャグチャにされて図書館側に叱られかねない。


「私も!」


 案の定、カミーユも手伝ってくれる。


「お前はいい。本当はルナにやらせるべきなんだ。あいつじゃ無理だから、仕方なくあたしがやってやってるんだ」


 ズデンカは書類のかどを合わせて、函の中へと積んだ。


 少しも読むことはないし、関心を向けることはない。


 ズデンカにとっては全てが過去のことだ。


 デュルフェの自画自賛のようなどうしようもない代物ばかりであることは決まりきっているのに、そんなものに詩的な関心を見出すルナの気が知れなかった。


「結局、君とデュルフェ侯爵も二度と会うことがなかった。向こうは百歳を越えても元気だったんだから、機会は何度だってあったはずだけど」


 手持ち無沙汰になったルナは早速手を震わせ始めた。アルコールとニコチンの禁断症状だろう。


「誰が会うかよ」


 ズデンカは一言で否定した。


「これでもなかなか文人としては優れた人だったらしいよ。色んな事典に名前が書かれているし、今でも読まれている本はある」


「だからどうした。あたしにとってはどうでも良い人間だった。それだけだ」


「ふむ……」


 ルナはそう言ってまた手を震わせ始めたが、


「そうだ。君の願いを訊かせてくれないかい?」


「ねえよ」


 ズデンカは言った。


「それは困る。これまでだって叶えられなかったお願いは一杯あるんだ! またぞろ増えたとか、しかも一番私に近い君の願いを叶えられなかったとか恥じゃないか!」


 ルナは手をブンブン振り回しながら叫んだ。


 すこし、怒り気味だ。


「いいから辞めとけ」


 書類の整理を住ませたズデンカは函を抱えて司書の元へと歩いていった。


 受付の司書は何も言わず受け取ると、奥へと消えていった。


 ズデンカは後ろから歩いてきたルナたちと合流する。


「さあ行くぞ」


「良いから早く願いを言ってよ」


 ルナはごねた。 


「後だ後だ。宿に着いてからだ」


 ズデンカは迷惑そうに言った。

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