第四十八話 だれも完全ではない(5)

 血が白いレースを汚す。すみずみまで赤黒く染み渡らせる。


 噎せ返るまでの、血の臭い。


 メイドは口を開けたまま死んでいた。


「どう言う意味だ? 訳がわからねえ」


 ズデンカは怒鳴った。


「肺がないだろ?」


 ルナは白手袋をはめた指の先で死骸を示した。


「そう言われりゃそうだ」


 ズデンカは驚いた。本来完全な身体にはあるべき臓器、それが欠けているのだ。


「完全じゃない、ということは誰かに取られたのさ」


 ルナはこともなげに言う。


「誰にだよ」


「それがわからないんだな」


 ルナは立ち上がった。


 そして、自分の身体のあちこちを見ていた。一応服に血が掛かっていないか気にしているらしい。


 まだ、イゴールは震えて、アリダは使用人たちに解放して貰っている。


「あいつらはシロか」


 ズデンカは訊いた。


「シロって、君はずいぶん探偵じみた物言いをするんだね。何度も言ってるけどわたしは探偵じゃないよ。当然君もね。白か黒かなんて、わかるわけがない」


 ルナは両手を上げてヒラヒラと動かした。


 まさにお手上げということだろう。


「だが、何とかしないといけない。あの本は放って置いたらまずい」


「わかってる」


 ルナは頷いた。


「カミーユ」


 ズデンカは呼びかけた。


「は、はい」


 カミーユはズデンカの傍に行く。


「お前の見立てではどうだ?」


「え、そんな、なんともですけど……ご夫婦二人ともあんなに怯えていらっしゃるじゃないですか……」


 カミーユは怯えているように見えても、視線は冷静に夫婦を見つめながら言った。


「それはわからないよ。驚いているふりをできる人間なんて幾らでもいるし、驚いている脳と悲しんでいる脳が別なのかも知れない。それにだいいち」


 とルナはズデンカとカミーユの二人と肩を組み、互いの額をあつめて、


「脳がないのかもしれない」


 と囁き声で言った。


「不気味なことを言うな」


 ズデンカはルナの顎を小突いた。


「痛い」


 ルナは顎を押さえる。


「でも、もしかしたらこの家の人たち、皆どこか身体の一部が欠けてるんじゃ……」


 突然、カミーユが変なことを言い始めた。


 だが、ズデンカとて機敏だ。


 ざっと目を送って意味がわかった。眼帯をしていたり、義手だったり、義足と見える歩き方をする使用人が多く見受けられた。


 更に言えば、何もせず虚ろな顔で立ち尽くしている者もいたのだ。


 どこか、完全ではなかった。


「何か異常なことがこの家で起こっているのは間違いない」


ズデンカも断言せざるをえなかった。


「『鐘楼の悪魔』はどこに隠されているんだろうね」


 ルナは言った。


「それを捜せ」


「どっちにしてもここにいても仕方がない。場所を変えるよ」


 ルナは歩き出した。


 なお呆然としている使用人たちにズデンカは声を掛けた。


「大変なところすまんが、あたしの主人も疲れている。寝室へ連れていって欲しいのだが」


「はい、わかりました」


 一人のメイドが先に立って歩き始めた。やはりズデンカの見立て通り、義足だった。


 三人は静かに尾いていく。


「おい、お前」


 ズデンカは途中でメイドを呼び止めた。


「何か?」


 メイドは訊き返した。


「お前の足、どうした。この家、なんか変なんじゃないのか? 教えろ」


 ズデンカはきつい語調で問うた。


 メイドはしばし沈黙した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る