第四十八話 だれも完全ではない(4)

 出会ったばかりの奴を信用するべきではない。


 そんなことは誰でも一人前に生きていれば自然と身に付く教えだったが、なかにはそれを端から身につけない、いや、身につける気もない人間もいる。


 それがルナだ。


 料理が運ばれてくる。


 まず前菜だ。白磁の皿が並べられた。


 ほうれんそうのサラダだった。


 ルナは葉っぱにフォークを突き刺してくるくると巻き、皿に楕円を描いて掛けられているソースへ付けて口へ運んでいる。


「ムシャムシャ。うん! 美味しい!」


 ズデンカは心配した。ルナとて毒を無効化する力は持っていないだろう。


 カミーユも食べていた。


 こちらは代々処刑人のボレル家出身者だ。


 厳しい祖母から武術を仕込まれており、毒にも慣らされているかも知れないが、飽くまでズデンカが昔読んだ本から推測したに過ぎない。


 ズデンカは毒など食べても何でもないが他の二人がどうなのかはよくわからない。


 カミーユは緊張のあまりフォークを持つ手を震わせていた。


 ズデンカの心配は杞憂だったようだ。


 ルナはすぐに、カミーユは時間を掛けて食べ終えた。


「いかがでしょうか」


 アリダが息せき切って訊いてくる。


「はい、とても素晴らしいと思いました。これまでずっとろくなものを食べてきていなかったので、久しぶりにお腹が満たされる気分がしましたよ!」


 ルナはほがらかに答えた。


「まあ、まだ前菜なのに、ほほほほほ」


 アリダが笑った。


「もちろん、お腹にはまだまだは入りますけどね。前菜でこんなにいい気分になれるなら次が楽しみだな。わくわく」


 続いてトマトのスープが運ばれてきた。


 血のように真っ赤だ。


 ズデンカもそれを見ると自然に渇きを覚えたが、すぐに抑えた。


「それでは」


 ルナは飲み始める。音を立てて飲むかと疑われたが、以外にも静かにスプーンで器用に飲んでいく。


 カミーユの方が苦戦しているようだった。音を立ててはいけないと言うことはわかるのだろう、慎重に口へスプーンを持っていく。


 ズデンカはよっぽど駈け寄って教えてやろうと思ったが居並ぶ使用人連中の手前もあってできなかった。


 続いて魚料理といきたいところだが、四方を陸で囲まれたゴルダヴァでは期待できない。ズデンカも幼時を振り返っても魚はあまり食べた記憶がない。


――市場でも高かったな。


 クレソンに彩られて肉が運ばれてきた。血の匂いも鮮やかで、湯気をはなつソースの中でぐつぐつと煮えたぎっていた。


「こちらも自家製ですか?」


 ルナは訊いた。


「裏山で飼っている羊なのです。ぜひご賞味あれ」


 イゴールが丁寧に言った。


 ルナがフォークを取り上げようとしたその時だ。


 物凄い足音が廊下に響いた。


 すぐにズデンカはそれが走る音だと気付いた。


「○○××△△△□□□!」


 メイドだ。


 何かに憑かれたようにわめき散らしながら、食卓へ駈け上がった。

 

 腹ばいに寝そべる。


 とたんに物凄い速度でその腹部が膨張した。


 破裂する。


 内臓が飛び散った。心臓、肝臓、膵臓、大腸、小腸。


 血を噴き出しながら滑らかに食卓の上でのたくり、一部がカミーユが食べようとしていた肉の上まで飛んできた。


「ヒイッ!」


 怯えながらも、カミーユはすぐに後ろに飛び退いてナイフを抜き臨戦態勢を取っている。


 だがメイドは口から血を噴き出しながら絶命した。


 イゴールは呆気にとられていた。


 アリダは失神する。


「欠けている」


 ルナが恍惚とした表情でそれを眺めていた.


「何がだ?」


 ズデンカは怒鳴った。


「完全じゃないんだよ」


 ルナは言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る