第四十七話 みどりのゆび(7)
本当にファキイルは我慢強い。
焜炉の前に一時間以上立ったままで、蔦を煎じ続けていた。
「ぐがー!」
オドラデクはベッドにくるまっていびきを盛大に掻いていた。
フランツは机に向かって報告書の執筆に励んだ。既に三枚も書き上げることが出来た。出来るだけ記憶を働かせて、細部まで思い返すようにした。
もちろん、報告書には証拠品として肖像画も添付する。クリスティーネ・ボリバルが描かれていたのに、カスパー・ハウザーへ姿を変じたものだ。
証拠としては弱いが、スワスティカの残党がルスティカーナ卿殺害にかかわっていると示すことはできるだろう。
フランツは立ち上がり、これもファキイルたちに買ってきて貰った紙と縄で肖像画を厳重に梱包する。
フランツにとってはこんな肖像画は旅の邪魔でしかないのだから。
執筆に戻って、もう二枚。
自分でも驚くほど言葉が湧いてきた。
ここまで筆が走るのは疲れで帰って頭が冴えたのに違いない。
それともあの薬草の効果だろうか。
――掌に塗ったぐらいだが。
さらに二枚進む。
フランツはファキイルの様子が気になった。何千年も生きている者にとっては、数時間など大したことはないのだろう。そのままだった。
「どれぐらいやればできるんだ」
フランツは訊いた。
「半日ぐらいだな」
まだまだだ。
「俺は寝るぞ」
フランツは切りの良いところまで書き置いてからベッドに向かった。
毛布をオドラデクから剥奪し、被ると直ぐに眠りに落ちた。
そして、夢を見た。
緑色に光る塔の夢だ。さっきまでいたところだ。
それをどこか遠くから眺め続けるのだ。朝から晩まで時間が流れて、塔の緑はさらにさらに深くなり続ける。
――何が起こっているのだろう。
フランツはぼんやりと思った。
やがて時間は巻き戻される。
緑が、緑が引いていく。
蔦が塔を蔽い尽くす前に還ろうとしているのだろう。
百年、いや二百年か。
塔は往時を思わせる、花崗岩で作られた新しい壁を聳やかした姿であらわれた。
フランツの視界は、やがて塔のなかに誘われていく。
昔風の衣装で着飾った女が一人、塔の最上階から下を見おろしていた。身分はとても高そうだ。
フランツが昨日いたところだ。
何かを話している。フランツは出来るだけ耳を澄ませた。
あまりにも難しすぎて聴き取れない。ランドルフィの言葉はある程度わかっても、百年以上前のものは厳しい。
だが、非常に悲しんでいる様子だけはうかがえた。
フランツも見ているうちに悲しくなってくる。
やがて一人の男が追ってきた。こちらも高価そうな衣装に身を包んでいる。
フランツは恋人かと思った。だが、どうも違うようだ。
どうも一方的に女に恋い焦がれてここまで追ってきたらしい。
女は逃げ場がなくなって、ここまで登ってきたのだろう。
フランツは助けなければと考えて思いとどまった。
これは、過去起こったことだ。それにいま自分は視線を移動させているだけで、何も出来なかった。
男は女の前に跪いて、何かを乞うている。
見る見るうちに剣を抜き放った。
それを己の喉首へと近づける。
「
と単語が聞き取れた。フランツが使っている言葉と原型は同じだからだ。
男は死のうというのだろう。
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