第四十六話 オロカモノとハープ(7)
ズデンカは注意を怠らず、少しの物音を立てさせないように努めた。
特にアコだ。
カミーユ、ルナの順番で心配にはなるが、それなりに旅をしているので二人の行動はまだ予測できる。
だがアコはさっき知り合ったばかりで、予測が付かないからだ。
しっかり押さえて声を出さないようにするしかない。
だが、力の入れ加減次第では殺してしまうことになるだろう。
それだけは何としても避けたかった。
アコはやはり何も言わない。だが山道が上がり一本調子なこともあり、荒く息をしている。
ズデンカは不安になった。
ズデンカは人間の身体というものを、もう久しく持たない。
だから、勝手がよくわからない。ルナ相手では何度も試して、やっと今のように力を押さえられる出来るようになっている。
「大丈夫か」
ズデンカは訊いた。
だが、アコは答えない。
「はぁ、はぁ」
ルナの息まで上がりだしている。傘を持つ力もなくなったのか、斜めに傾いで、直射日光を浴びている。
カミーユはズンズン先へ進んでいっているが、疲労は溜まっているだろう。
――こんな強行軍になるとは。
ゴルダヴァ南部は不死者にとっては移動は簡単だが、人間では困難を極めるということに思いが到らなかった自分を、ズデンカは責めた。
蝙蝠の雲霞は途切れなく天に広がっていった。夜になったかのように暗く視界を隠していく。
太陽の光線があたらなくなったことだけが救いだった。
ズデンカは夜目の方が利くぐらいだが、ルナとカミーユはそうではない。ましてや、カンテラの灯りすら今は鞄の中に
「固まって歩くぞ」
ズデンカは叫んだ。
「は、はい!」
カミーユが振り返って後退を始めた。
「どっちが前だっけ? わからなくなっちゃった!」
方向音痴のルナは進んでいた方角まで定めがたくなっているようだ。
「こっちだ!」
ズデンカはそう言いながらルナに近付き、引き寄せた。
右腕にルナ、左腕にアコ。しかもたくさんの鞄を抱えている。
疲労はしないにしても、動きづらいことこの上ない。
――今は襲撃されたくない。
待つにしろ、いつ蝙蝠の群が去るのか分からない状況だ。
一行は進んだ。
三十分も登っても、蝙蝠たちは去らない。
「はぁ、はぁ、はぁ」
カミーユはまだ元気そうだが。アコもルナも荒く息をしている。
道はさらに険しく、ちょっと油断していると足が掬われそうなほど雑草が生い茂っていた。
――クソッ。馬車を借りりゃあよかった。
とは言え、このようなきつい山道を登れば馬も力尽きてしまうのではないかと思った。
ズデンカは立ち止まる。
そして、腕から鞄の持ち手を外した。合計して十を超える。残したのはモラクスや『ゴルダヴァ地誌』など必要不可欠のものを入れた袋二つだけだ。
「えっ、ええ、まさかぁ」
ルナが情けない声を上げていた。
「仕方ねえだろ。背に腹は変えられねえ」
「そんなぁ……あれも! これも!」
涙目になって買い占めたものを名残惜しげにみやるルナの腰を抱え上げ、もう片方の腕でアコの腰を持ち上げると、ズデンカは歩みを開始した。
「残しておきたかったのに! あんなにレアなものを!」
「また買え」
ズデンカは冷たく言った。
流石に付き合ってられない。
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