第四十六話 オロカモノとハープ(6)
「なら、デュレンマットで使えばよかったじゃねえかよ」
一行はかつてラミュの首都デュレンマットでスワスティカの残党に襲撃を受けた経験があった。その時はルナが幻想で防弾のマントを作り出して命からがら逃走したのだった。途中で多くの人死にが出た。
「わたしも未熟だったんだよ。不意を突かれたのもある。今は試行錯誤をしていろいろできるようになったのさ」
ルナは弁解した。
「ふん。まあ言い訳なら後から何とでもできるわな」
ズデンカは
「仕方ないだろ! わたしだって出来るならやってたさ! たくさんの人を助けられたかも知れない!」
ルナは前傾して叫んだ。完全にムキになっている。
――しめしめ。やっぱりこういうことになると、打たれ弱いな、こいつ。
ズデンカはルナを怒らせたことで満足した。
「さっさと行くぞ」
応じずに先へ歩き出す。
「あ、待ってよ!」
ルナが追ってくる。
四人はやがて迷彩の中に包まれた。
はずだ。
なぜなら、ズデンカの視点からはいつもと変わりなく見えたからだ。
アコはズデンカに引かれるままについてきていた。
もう、ズデンカも諦めて会話を交わそうとはしない。
だが、たまに視線を送っていた。
言葉を使わないやりとりというのも、予想以上に大事なのだとズデンカは長い経験から知っている。
アコは恥ずかしがることはない。虚ろな瞳で見詰めかえしてくるだけだ。よく考えたらそれは美点だとズデンカは思った。
今は笑顔を浮かべながらズンズン進んでくるカミーユも、出会った当初は眼を合わせるだけで怯えていた。
それと較べれば、アコははるかに大胆不敵と言えるのだった。
――愚かであることは必ずしも悪いことではないのかも知れない。
こういう考え方をすれば、自分も愚かだとズデンカは思った。
いつ果てるともないルナの旅に付き合っているのだから。
旅の終わりは、すなわちルナの命の終わりだろう。
ズデンカはそこまで付き合う覚悟を決めていた。
なぜか。
答えはいまだ見つかっていない。
ルナに話してみるのさえ、今はまだこわかった。
ズデンカは空を見上げた。
蝙蝠が一匹、飛んでいる。
――こんな地域に、珍しい。
だが、ズデンカはすぐにわかった。
ヴァンパイアは蝙蝠を使役する。
一匹いれば、他にも集まってくるはずだ。
「ルナ!」
ズデンカは叫んだ。
「わかってるよ」
ルナが応じる。
俄に天候が曇った。
いや、違う。
蝙蝠だ。
蝙蝠がどんどん集まってきたのだ。黒く、黒く、その群れは雲のような塊へ集結しつつあった。
空全面を蔽い尽くしそうな勢いだ。
だが、迷彩は完璧のようだ。
一行が気付かれている様子はない。
捜しているのだ。
ハープの前から消えた愚か者を。
ズデンカはアコを引き寄せた。
「走るなよ。ゆっくりすすめ!」
皆に指示を出す。
アコが勝手に行動しないよう、腕で押さえながらズデンカは進んだ。
「いったいいつまでこんな感じで逃げ続けなくちゃいけないの?」
ルナがうんざりしたように言った。
「しっ。あいつらは耳がいいんだぞ」
ズデンカは動物図鑑で知った知識を披露した。
「一応防音にしてるよ。ふぁあ」
ルナはあくびをした。
「でも気を付けろ」
ズデンカは歩みを続けた。
蝙蝠の群は山道を辿る一行をどこまでもどこまでも蔽っていた。
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