第四十話 仮面の孔(8)

「確かにお前があたしに話す義理はない。だが、お前とあたしはよく似ている。だから、気になっただけの話だ」


 苦し紛れだったが、ズデンカは口にした。


「どういうことです?」


 アグニシュカは眉をしかめた。


「あたしも主人と旅をしている。お前もこれからするのだろう。なら似たようなもんだ」


 ズデンカは答えた。思い付きで話してしまって、後から考えたのだったが。


「だからどうだと言うんです?」


 アグニシュカは声を荒げていた。


「主人に仕えることはお前の義務ではないのか」


「エルヴィラさまは私の主人ではなく、私の父の主人です」


「じゃあ、なんで『さま』を付けるんだ?」


 ズデンカは訊いた。


「……」


 アグニシュカは黙った。


「やっぱりお前、どっか召使い気分が抜けてねえじゃねえか。呼び捨てにしたらいいのに、なんで他人行儀だ?」


 ズデンカは弱みを見付けたら、ずかずかとそこに踏み込んだ。


「でも……でも」


 アグニシュカは口籠もった。


「お前はエルヴィラを大事に思っていないのか?」


「そんなことない!」


 アグニシュカは背を丸めて両手を合わせて叫んだ。


 いままで押し殺してきたものをはじけさせたように。


「やっと素直になったじゃねえか」


――なにやってんだ、あたしは。


 ズデンカは一瞬変な征服感を覚えて、すぐに自分が嫌になった。


「なら、呼び捨てにしてやったらいい。城ではどうだか知らないが、今となってはお前とエルヴィラは対等だ」


 ズデンカとしてはもう打ち切りたくなっていたが、始めた話を急に終わらせるわけにもいかない。


「でも、勇気がない」


 アグニシュカは言った。


「すぐにでなくてもいい。自然と慣れるようにしていけばいいじゃねえか。あたしとルナもそうだ。最初なんか警戒しまくっていたからな」


 ズデンカは言った。


「あなたとは私は違う! いくら、あの人の鼓動を確かめられるぐらい近くになっても……」


 アグニシュカは頭を抱えた。


「そもそも所詮は他人だ。同じ記憶を共有出来ないし、思っていることすら読みとれない。そういう距離感を持って接すればいい」


 ズデンカは自分が出来ていないことを相手に説教していることは十分わかりながらもあえて言った。


――これは自戒だ。


 いや、述べたことが、どこかルナの言い草と似ていることにも気付いた。


 知らない間に伝染うつされたのだろう。


「……」


 もう答えは返ってこなかった。


「いくぞ」


 ズデンカは部屋の外に出る。カミーユは元気よくいびきを掻いていた。


 アグニシュカもすぐやってきて、距離を保ちながら二人は階段を降りた。


 やはりルナはいなくなっていた。帰ったのだろう。

 

 一先ほどズデンカに睨み付けられた店主は、怯えながら二人を見守っていた。


「部屋の鍵はしとけよ」


 ズデンカは言い置いた。第三者に襲撃される可能性があるからだ。


 会話は交わされないまま、二人は料理屋までついた。


「うぃ~! もどってきたぁ、もどってきたぁ!」


 ルナの陽気な声が響いた。


 確実に酔っている。それが証拠にビールジョッキが周りに林立している。


 ルナはアル中だ。


 エルヴィラは明らかに引いた様子で、テーブルの端に移動していた。


「エルヴィラさま!」


 アグニシュカはそこまで移動して横に坐った。


「大丈夫でしたか」


「うん……とくに異変はなかったけど」


「馬鹿か」


 モラクスの首は机の上に置きっ放しにされたまま、呆れたようにそれを眺めていた。ズデンカはそれを引っ掴んで袋にまた入れた。


「地面が回ってるぅ! 不思議!」


 ルナは訳の分からないことを叫んでいた。


「昼から飲むな。さあ、例の仮面のまえに行くぞ」


 ズデンカは軽く注意するだけに留めた。


「仮面んぅ!」


 すっかり出来上がっている。

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