第四十話 仮面の孔(6)
モラクスは人間を騙して、魂を奪い取ったほどだ。言っていることはほとんど信じられないし、ルナが騙されないようズデンカは細心の注意を払って訊いていた。
実際袋に閉じ込めたのも余計な口がきけないようにするためだった。
それを解き放って喋らせるとは、ルナも酔狂なことをする。
そもそも、連れてくるのも反対だったのだ。だが、話を教えてくれた者には願いを一つ叶えてることにしているルナはモラクスの願いを叶えるまでは連れていくつもりらしい。
「どっこいしょ。ほれほれほれ、っと!」
ルナはテーブルの周りに置いていた鞄を漁り始めた。中身を掻き出して外へ全部放り出してしまいそうな勢いである。
「ちょっと待て。お前どこに入れたか知らんだろ!」
ズデンカは急いで駈け寄ってルナを押しのけ、鞄を探り始めた。
すぐにモラクスを詰め込んだ袋は姿を現した。
ズデンカはしぶしぶ縛めを解き、牛の頭を取りだした。
「ぶふええ!」
モラクスは鼻息を荒く吹いた。
「生きていたか」
ズデンカは冷たく言った。
「クソが! クソが!」
モラクスはズデンカに負けないぐらい口が良くない。
「生きてるだけましだろうがよっ!」
ズデンカはその首根っこを引っ掴みながら、壁に掛かった仮面の前まで連れていった。
「なんだこれは!」
モラクスは喚いた。
「ルナが、知りたいんだってよ。この来歴を」
「なんで俺に!」
「お前が悪魔だからだ。人間には感じとれんようなものを感じとれるかも知れないだろ。あたしも人間ではないが何も感じとれんけどな」
ズデンカは多少荒くはあるが自分なりに説明をしたつもりでいた。
「知らん。……だが、確かに若干魔力を感じるな。かなり昔、もう何十年、いや何百年か前に魔術師が被っていたものかもしれん」
モラクスは不意に興味を惹かれたように話した。
「魔術師か」
ズデンカが吸血鬼になったのは約二百年前だが、その頃から既に魔術師は空想上の存在とする価値観が主流だった。
とは言え、現実に不思議な力を使える人間は多かったし、ズデンカもそういう輩を何人も見たことがある。
何を隠そう、ルナ・ペルッツもその一人だ。
となれば、以前何か特殊な力を持った人間がこの地方を通り過ぎて、誰かに仮面を渡し、それが巡り巡ってこの店の所有になったのかも知れない。
視線を感じたのは、ズデンカも微力ぐらいは魔力を感じ取れると言う証拠だろう。もちろん、ルナもだ。
ズデンカは気になってエルヴィラのいるところまで戻り、訊いてみることにした。
「あの仮面、お前は何か感じ取れるか……?」
「はい。なんかジロジロ見られている気がしました」
エルヴィラは率直に答えた。
――おかしい。
特殊な力を持つルナや、不死者であるズデンカならまだしも、普通の人間であるエルヴィラまでが視線を感じ取れるとなると、モラクスの言ったことは事実でない、となる。
「てめえ!」
ズデンカは吊り下げていたモラクスの頭を強く押した。
「いででででででで!」
モラクスは苦悶した。
「まあまあ」
ルナはズデンカの肩をポンポンと叩きながらほんわかと言った。
口からは煙を吐いている。
「元はと言えばお前が!」
ズデンカはルナを向いて怒鳴った。
――なぜ、ルナは幻想を実体化させないんだ。
店主の考えでも具現化させて、仮面の実態を暴いたら話が早い。
――だが。
同時にズデンカはルナの能力に頼ってしまっていることに気付いた。
――それだとなんか嫌だな。
幻想を使うことでルナに負担が掛かるのではないかという恐れもあり、おいそれは催促できないことも考え合わせて、ズデンカは黙るしかなかった。
「そうだ! アグニシュカさんに訊いてみよう!」
ルナが突然ピンと親指を立てて言った。
「はぁ?」
ズデンカには理解不能だった。
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