第三十九話 超男性(11)

「降ろすの、お手伝いしましょうか?」


 カミーユが立ち上がった。


「いやいい」


 ズデンカは断った。


「そうですか……」


 カミーユは残念そうだった。


 すぐに鞄は見つかった。


 網棚の奥の奥の方に突っ込んでいたらしい。ズデンカは背が高いため、軽々と降ろすことが出来た。


 錠を外し、蓋を開ける。中に何着か代えのメイド服が畳み込まれている。問題はない。


 だが。


 ズデンカはヴィトルドを睨み付けた。


「トイレに行くから絶対に開けんなよ!」


 ズデンカは鋭く言って着替えを手に歩いていった。


 トイレはデッキに設けられてあった。ノックしてみると幸い誰もいない。


 ズデンカは安堵の吐息を漏らした。


 だが、着換え始めるとすぐにノックの音が響いた。


「誰だ?」


 詰問する。ヴィトルドだと思ったのだ。


 そうではない可能性もあるのに、すこし険のある声になってしまったと内心反省した。


「私です。ズデンカさん」


 カミーユだった。


――まさか超男性でも声帯模写まで出来ないだろう。


 疑り深いズデンカはそれでも警戒したが、とりあえずカミーユということで話をすることにした。


「何で来た?」


「私もトイレに……とか言っちゃうと嘘ですね。ごめんなさい……じつは、あの人、私苦手で」


 ヴィトルドのことだろう。


「わかる。あたしもだ」


「ズデンカさんもですか! ちゃんとやりとりしてたじゃないですか」


「話せるのと、苦手かそうじゃないかと言うのはまた違うだろ」


 ズデンカは自分の声が不意に優しくなっていることに気付いた。


「確かに……」


 カミーユは納得したようだった。


「あいつには実力がある。それは事実だが、どうも自信過剰過ぎていかん」


「そうですそうです! ぐいぐい来られる感じが凄い苦手で」


 カミーユはうんざりしたような口調だった。

 

「あたしは子供が産めない、と言ったら素直に諦めてくれたようだが……」


 ズデンカは自分の舌つい回ってしまうのを感じた。


――これが、ルナが前言っていた『ガールズトーク』というやつだろうか。


「やですよねー。女を何だと思ってるんでしょう。子供を産む機械じゃないですよ! あ……すみません!」


 カミーユは追わず声を荒げた自分にビックリしているようだった。


「お前が謝らなくてもいい」


 ズデンカは手短に言った。


「ズデンカさん。なんか頼もしいです……」


 ズデンカは新しいメイド服を着替え終え、トイレの扉を開けた。


「んなこたねえよ。あいつはお前に武術の心得があるということも知ってぞ。気を付けろよ。次は狙ってくるかも」


「ええええええっ。怖い!」


 カミーユは抱き付いてきた。


 ズデンカは妙に気恥ずかしかった。


「帰るぞ」 


 ズデンカは先に歩きだした。


「なんか戻りたくないなぁ」


 ズデンカが驚かしてしまったのか、カミーユは渋っていた。


「ああ言う奴は何を言っても変わらんからな。無視しとくに限る」


 長年の人生経験からズデンカは言った。


「はい……」


 ところが、車室に戻っていくと超男性は既に消えていた。


 そしてなんと、ルナが窓を全開にして、パイプを吹かしているではないか。


「お前! あいつはどこへ行った?」


「帰ったよ」


 ルナは言った。


「あんなにしつこい奴が帰るわけねえだろ」


 ズデンカは懐疑的だった。


「ちょっとばかりわたしとお話ししたら、次に助けるべき人がいるとか言って窓から飛び出していったよ。あ、願いを一つだけ叶えてはあげたけどね」


 ルナは暢気に言った。


「はあ? あいつの願いってのは……」


 ズデンカは嫌な予感がした。


「もちろん、君やカミーユと夫婦になりたいと言うのは駄目だと先回りして潰しておいたよ。彼は意外に素直だった。私の持っている煙草をわけてくれというものさ。快くあげたよ。そして今一服してるという訳さ」


 ルナは煙を吐き出した。


「はあ」


 ズデンカは何か二人の間で話があったのだろうとは推測したが、後はやめておいた。


 隣でカミーユが実にほっとした表情を浮かべていたので。

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