第三十八話 人魚の嘆き(1)
――ランドルフィ王国中部パヴェーゼ
はっとして目覚めると、高い梁が見えた。
スワスティカ
ランドルフィ中部のパヴェーゼまで来て、悪寒を発し、倒れこんでしまったことを思い出した。
――これまでの旅がハード過ぎたんだな。
生まれて始めて空中を飛行して、トルタニア大陸を何千キロも横断をしたのだ。身体に負荷を与えないわけがない。
寝間着に変えるのもしんどいのでシャツのままで横たわっている。
布団を深く被っても身体がガタガタと震える。指先まで凍えて感覚が鈍くなってきた。
しんどくて歩くのも億劫な中、湯たんぽだけは買いこんできたが、いくら暖めても寒さは簡単に引いていかない。
看病を求めようにもオドラデクはどこかに出かけてしまっている。
同行する犬狼神ファキイルは心配そうに窓辺に腰掛けながらフランツを見詰めていた。
「フランツ、大丈夫か」
「大丈夫じゃない。見ればわかるだろ」
「何か食べれば」
「食欲もないんだよな、これが」
少しおどけていったつもりだが、ファキイルには通じなかった。
「我が探してこよう」
ファキイルが歩き出した。
「待て、お前一人だと不安だ」
病んでしまって、いつもより心配性になるフランツだった。
「そんなことはない。これまでだってちゃんと戻ってきただろう」
相変わらずファキイルの表情には変化はなかったが、元の場所に戻ってきてさらに二、三歩前に身を乗り出した。
怒っているのだろう。
「なら、行ってこい。必ず帰ってこいよ」
フランツは念押しした。
ファキイルは出ていった。
「フランツさぁん」
それと入れ替わるようにオドラデクが部屋の中に入って来た。
手には葡萄の粒のように、たくさんの紙袋をぶら下げている。
鼻歌まで唄って、気分はすっかり絶好調のようだ。
「しんどいんですかぁ?」
「熱が出てるようだ」
「あれあれ。たぁいへん!」
大仰に嘆声を上げてみせるが、少しもフランツには近寄らず、椅子に坐って紙袋の中味を物色し始めた。
さて、フランツは困ってしまう。
何か快適になる製品を買ってきてくれていないのか、と訊くのも恩着せがましくなるし、かといって何もせずにいたらファキイルの帰還を待たなくてはいけない。
と、いきなり背中に重量を感じた。
「確かに凄いつめたぁい!」
オドラデクに乗っかられたのだ。
フランツは毒虫のように手足を蠢かした。
「やめろ」
さすがのフランツも大騒ぎするような年齢ではなかった。
だが、少しは気恥ずかしい。
「熱を測らなくちゃなりませんねぇ」
オドラデクは布団を剥ぎ取る。
さらにフランツのシャツをいとも容易く剥ぎ取った。
「あ、人魚の刺青」
オドラデクはちょっと声を高めた。
「前見せなかったか?」
「見せて貰いましたけど、どうやって彫ったのか、とか詳しい話は訊いてなかったですからねぇ」
「別に大した謂われはない」
フランツはぴしゃりと答えた。
「でも凄い痛みはあるんでしょう?」
オドラデクは興味津々な風だった。
「そうだな。あの時も酷い熱が出た」
フランツは思い出していた。
「なら、話してくださいよ」
「その前に退け」
「はいはい」
オドラデクは言われる通りにした。
フランツはベッドの上に胡座を掻いたまま、オドラデクに向き合って話し始めた。
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