第三十七話 愛の手紙(6)

「だがお前の能力は確か……」


 ズデンカは不満げだった。


「そうだよ。せいぜいこの列車から降りて一キロ程度続けば良い方かなあ」


 ルナは頭を掻いた。


「叶えたことにならねえじゃねえか」


「叶えたさ! 本人だって言ってたし、永続的にそうだとは約束してない。ちょっとした白昼夢を見せてあげるぐらいしかわたしにはすべがないからね」


 ルナは少し苛立たしげだった。


 ルナが願いのことを言われる度、気分を害すると知ったズデンカは、すこしからかってみたい気持ちになった。


「ミロスワフが消えたとき、ヨハンナは寂しそうな顔をするだろうなあ……」


「そ、それは! 仕方がない。今まで旅で出会った人皆を助けられたわけじゃないし……」


 ルナは俯いてしまった。


「まあ、仕方ねえよな」


 ズデンカは寂しそうに言った。


「でも、ヨハンナさん、すんごい笑顔でしたよ! とにかくルナさんが叶えてあげたから幸せになったんですよ。私には何が何だかさっぱり訳がわかりませんけど!」


 カミーユは微笑んでいた。その言葉には少しの皮肉も籠められていないようだった。


「褒めんじゃねえよ。根性のねじくれたルナには、ちょっとばかりきつーいお仕置きが必要なんだ」


 ズデンカはカミーユをちょっとだけ睨んだ。


「そうだよね! 今が幸せなら後のことなんてどうなってもいいよね!」


 ルナはカミーユに同調しながらも、まだ自分のしたことが不完全なのではないかと悩んでいるようだった。


 ズデンカはその様子を見てさすがに気の毒になった。


「まあ、あいつらの人生だしな。お前が気に病むことはない」


「うん」


 ルナは素直に応じた後、でもまだ俯き続けていた。


――なんだよ。あたしが悪いみたいじゃねえか。


 ズデンカは暗い気分になった。


――そりゃヨハンナはずっとミロスワフと一緒にいたいだろ。そう思ってあたしは言っただけなんだが。


「そういや、だ」


 ズデンカは話題を変えることにした。


「ヨハンナを騙した詐欺師ってのは一体誰だったんだろうな」


「実は心当たりがあるんだ」


 ルナはポツンと言った。


「誰だよ。すぐにぶちのめしてやる」


 ズデンカは拳を固めた。


――そいつがそもそも全ての元凶じゃねえか。


「もう死んでる。シエラフィータ族の一人でね。収容所にいたよ」


 ズデンカは黙った。


 ただでさえ落ち込んでいるルナに収容所での経験を思い出させてはいけないと思ったからだ。


 だが、ルナは独りでに話し始めた。


「わたしは女子房だったから、直接は接点がなかったんだけど、噂は人伝てに色々聞いたことがある。大層な詐欺師で、逢いもしない各地の女から金を貢がせたのだと自慢していたらしい」


「クソみてえなやつだな」


 ズデンカは憤りを隠せなかった。


「バーゾフ出身なんだけど、王族を騙ったりしてたから、国を追われてあちこちを転々としていたらしい。同じような手法で目を付けた人たちに大量の手紙を送っていたけど、ほとんどは無視するよね。でも、中には引っかかる人が何人かいて、しばらくは払っていたけど、どんどん脱落していく。その中の一番最後まで残ったのが――彼は『太客』って呼んでたらしいけど――がヨハンナさんだったんだ」


「あいつは信じやすかったんだろうな」


 ズデンカは言った。


「そうだね」


 ルナが答えた。



「そんな悪運の強そうなやつなら、まだ生きていたっておかしくなさそうだが」


「人は誰だって死ぬさ。良い人も、悪い人も。現状では、だけどね」


 ルナは寂しげに笑った。

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