第三十五話 シャボン玉の世界で (9)

「ぼくらは大層荒々しく扱われましたからねぇ。気になっちゃうんですよ」


 とオドラデク。


 フランツは頭を抱えた。これでは喧嘩になってしまう。


「お前が子供たちに危害を加えてくるかと思ったからだ」


 ところが、ボナヴェントゥーラは木訥に思えるぐらい静かに答えた。


「はぁーん? ほんとですかねぇ。すんごい怒ってたじゃないですかぁ?」


 相手が下手に出るとオドラデクは早速調子に乗り始めた。


 腰を手を回し大きく前のめりになって睨み付ける。


「確かに最初は怒った。だが、それより子供たちが心配になった」


 男は答えた。


 フランツにはとても正直に感じられた。


「縛めを解いてやれ」


 声を低めて言った。


「やーですよ。口先で惑わして攻撃してくるに違いない」


「はぁ」


 フランツはため息を吐いた。


「そう言えば、お前のシャボン玉を操る力をどこで身に付けたんだ?」


 急に思い出して訊いた。


 各地で拡散を続ける『鐘楼の悪魔』が関わっていたとしたら殺さなければならないだろう。


「生まれつきだ。他のことは何一つとして出来ないが」


 ボナヴェントゥーラは素直に答えた。


 幻想を実体化する能力。


 ルナ・ペルッツが使うものと種類が似ている。


 だが、ルナが何でも実体化できるのに対して、ボナヴェントゥーラはシャボン玉しか操れないようだ。その意味ではカスパー・ハウザーの手下たちの力と似ている。


 だが、直接の繋がりがあるようにはとても見えない。


 フランツは警戒しながらも、縛めを解いてやりたい気持ちもあり、両方へ揺れた。


「あーかったるい。この糸はね。ぼくらがこの場を立ち去ったら自動的に解けるように設定してあるんですよ」


 オドラデクはフランツの煮え切らない態度に飽き飽きした様子で説明した。


「本当か?」


「ぼくが嘘を吐きましたか?」


 オドラデクは怒り気味に言った。


「いつも吐いてるだろ」


「失礼なぁ」


 オドラデクは地団駄を踏んだが、やがてファキイルに向き直り、


「さ、連れていってくださいよ」


と長い服の裾を握った。


「もう行くのか」


 フランツは意外だった。


「もう宿に帰りたくなったんですよ! 雨は降らないけど。疲れましたしぃ! 精神的に!」


「我の言ったことは当たっただろう」


 ファキイルは自慢そうに言った。


 その姿をフランツは一瞬可愛いと思ってしまった。


――何を考えてるんだ。こいつは人間じゃないんだぞ。


「んじゃあな。こいつが言ったとおり、自然に解放されるらしいんで。もし、そうならない場合は人を呼ぶか、俺らの泊まってるとこ連絡を寄越してくれ。すぐに駆けつける」


 とフランツはボナヴェントゥーラに泊まっている宿の名前を告げた。


「んもー、ぼくを信頼してないなぁ。って知らない人に住所教えるんじゃありまっ、せんっ!」


 オドラデクは既に怒り顔を取り下げてニヤニヤとしていた。


 フランツが裾を掴むと、ファキイルは空に浮き上がった。


 もうすっかり夜だ。空は鈍色から闇に変わっていた。


 誰も歩いていない。


 人目に見つからずに飛行するにはかっこうの時間帯だ。


「おーい」


 陽気な声が下から響いてきた。


 カルメンだ。


 こんな時間になるまで歩き回ってるとはよっぽど暇なんだなとフランツは思った。

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