第三十五話 シャボン玉の世界で (8)
やがてすぐにオドラデクの姿が見えてきた。
ボナヴェントゥーラが睨み付けてくるのを前に、上半身を乗り出して突っかかっている。
「おいおい、何してくれやがっちゃってんですかぁ!」
ボナヴェントゥーラは例の輪っかをオドラデクに向けるが、二度同じ手は喰わじと身を遠ざけた。
「どんな妖術を使ったか知りませんけどねぇ、ぼくを馬鹿にした罪、受けてもらいますよ!」
――お前、そんな性格じゃなかっただろ。
フランツは突っ込みたい気になったが途中で呆れて黙った。
オドラデクは片手をくるりと一回転させる。たちまちそれが糸に姿を戻し、輪っかへ絡みついた。
輪っかはきれぎれになってバサリバサリと砕け落ちた。
それを見てボナヴェントゥーラは目を見張った。
「貴様……よくも!」
顔を真っ赤にしてオドラデクへ突撃していく。
だが、こう言う勝負ならオドラデクは負けない。
ひらりとかわして、ボナヴェントゥーラの足に糸を巻き付けた。
――殺すなよ。
フランツは思った。
ボナヴェントゥーラはただこっちが輪っかを勝手に使っていたことに怒っただけだ。
それに対してこちらが殺したり手足を切り落としたりするのは間違っている。
でも、オドラデクを止めて人道主義者ぶりたくはないフランツだった。
――俺は猟人なのだから。
だがオドラデクはそんなことはしなかった。
ボナヴェントゥーラを糸でグルグル巻きにして地面に横たえさせたのだ。
「お前、そんなことも出来るんだな」
ファキイルとともに
「もっ、ちろん!」
オドラデクは威張った。
「じゃあ俺も助けられたはずだよな。それなのになんだ、輪切りになるとか」
フランツは声に険を含ませた。
「てへっ。ぼく、そんなこと言ったんですね。忘れちゃいました」
オドラデクは舌先をちょっぴり見せて、自分の頭をコツンと叩いた。
その頭をどれほどフランツは撲りたくなったことだろう。
「ところで……こいつどうするんだ?」
「まあお仕置き……と言いたいところですが、ここに残しておきましょ。やり返してこないならいいんです」
オドラデクは先が糸になっている腕を引いた。
途端に糸は途切れ、ボナヴェントゥーラを縛めているものと、オドラデクの五本の指の形に戻ったものとに分かれた。
「ぼくは糸を各地に残しているんですよ。前言いましたよね。これもその一つってだけで」
「貴様ら、何者だ?」
ボナヴェントゥーラが叫んだ。
「知らなくて良い。だが、俺がやったことは謝る。本当にすまなかった」
フランツは頭を少し下げた。
「……」
ボナヴェントゥーラは黙っていた。
「大事にしてた輪っかも壊してしまった。金なら幾らでも払う」
「いらん。家に幾らでもある」
やっと答えが返ってきた。
「お前はここで何をやっているんだ?」
「俺は公園の番人だ」
大男は観念したように目を瞑り、静かに言った。
「公園って……ここがそうなのか」
フランツはやっと気付いた。特にそれらしい囲いも壁もなかったように思えたからだ。
「そうだ」
ボナヴェントゥーラの答えはシンプルだった。
「シャボン玉で遊んでいるのか?」
「遊びに来ている子供たちを喜ばせるためでな」
意外に思った。
この男、ずいぶん兇暴なようで、そんな一面があるのか。
「子供を中に入れて飛ばしたりするのか」
「そんなことしない。する訳がないだろう」
ボナヴェントゥーラの声に怒気が籠もった。
フランツはまたしまったと思った。
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