第二十八話 遠い女(7)
何度か馬車を出入りしたため、今ズデンカはカミーユの隣に座っていた。
話をするなら絶好の機会だ。
「えっ……そんなこと、訊かれても……でも、男の人は……好きでは……ないですかね」
カミーユはポツポツと呟いた。
「なぜだ」
ズデンカは非情に訊いた。
「私……小さい頃、物心着く前で、まだよくわからない時に、父から……その……何て言うか……」
カミーユは言い澱む。ズデンカは周りを見回した。アデーレとルナを気にしているのだろう。
だが、アデーレは疲れが押し寄せてきたのかいびきを掻いて一眠りしていたし、ルナは窓から顔を出したままだった。
どちらも会話に参加してきそうにはない。
「小声でも良いから、あたしの耳元で言って見ろ」
「父に、いろいろされて……」
「虐待だな」
ズデンカも囁くように答えた。
「はい……駆け落ちした二人でしたが、私が生まれる頃にはもう仲は冷え切っていて……母がいない時には身体のあちこちを触られていた記憶があります」
だんだんカミーユの声は小さくなっていった。
――こんなことだけ勘の良い自分が嫌になる。
「お前は普通の家庭って言ってただろ」
ズデンカは怒りを感じながら述べた。思わず声を荒げそうになったのを押さえて。
「普通……その時ははどの家でも当たり前にやっていることだって思っていたんです。五歳ぐらいですから……ごめんなさい。誤解させるようなことを言ってしまって」
「お前は悪くない。謝らなくても良い」
ズデンカは答え辛かった。
話に訊くだけで相手を理解できたつもりになってはいけないと心の中で自分に言い聞かせていた。
目新しい出来事を知りたいという、三面記事のような俗な関心が全くないとも言い切れなかったからだ。
ズデンカも実父には酷い目に遭わされていた。家庭の中では、まるで暴君のような存在だったのだ。
だが、性的な関心を向けられたことは決してなかった。それももう大昔のことだ。
また、カミーユとの距離が遠くなったように感じた。
「お祖母ちゃん……いえ、祖母に引き取られて始めて、それがおかしなことだと気付きました。他のこと話す機会も増えたし……。祖母に告げても、誰にも話してはいけない、家の恥になるからと堅く言い聞かされました。だから、話すのはズデンカさんが初めてです」
「なんかすまんな。あたしが訊きたがったから」
「そんなことないです。言ったらちょっとすっきりしました。もうほとんど気になりません。まれに思い出したりしますけど!」
またカミーユは空元気を見せて言った。
「あたしはお前をなかなか理解できないと思っていた、いま今も思っている」
ズデンカは自分に正直になることにした。
「なんで、ですか?」
カミーユは真剣な眼でズデンカを見詰めた。
「あたしと全く逆の存在だからだ」
「はははっ!」
カミーユは笑った。
「何がおかしい」
ズデンカは少しムキになった。
「そんなこと、考えたこともなかったなー!」
カミーユはかなり砕けた態度になった。
「ズデンカさんって、もしかして友達があんまりいないタイプですか?」
いきなり大胆なことを尋ねてくる。
「なっ……まあいねえよ。いたとしてほとんど死んでいくからな」
「やっぱり、あんなに戦えるなんて、普通の人間とは違うって思っていました」
「あたしは
ズデンカは正直に言うことにした。気付かれてはいるだろうが言葉にして伝えるのは重要だと思ったからだ。
また、距離が近くなった気がした。
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