第二十八話 遠い女(4)

「あなたの命は大事だ、とわたしも思います。他に皆の命と同じように。でも、不測の事態は必ず起こってしまうものですからね。戻られるなら、今のうちです」


ルナは煙を吹かした。


「いえ、ペルッツさま……私はどうなっても……」


 同じ意味のことをカミーユは繰り返す。


「つまり、最期の瞬間になってわたしを怨まれても、なんとも対処は出来兼ねるってことですよ」


 ルナの言い方はいかにも良くないとズデンカは思った。傷付けない方法もあったはずだ。


 事実、これはルナに掛かってくる責任を全て遮断することばなのだ。


 努力はしますが、死んだ場合は責任取れませんよと言っているのに均しいのだから。


ルナの毒を浴びたカミーユは黙り込んで俯いてしまっていた。


――さっきまであんなに仲よさそうに話していたのに。ルナも酷いやつだ。


 ズデンカは憤った。だが、同時にルナの言っていることはとても正しいと思った。


 スワスティカ関連だけでなく、ルナの旅路には死が充ち満ちている。


――今まであたしらと関わって不幸になった人間は一杯いる。


綺譚おはなし」を集めたいのだ、とルナはいつも言う。


 だが、その過程にはいつも死が忍び込んでくる。


 まるで当たり前にそこにあるかのように。


 ルナ自身が死神なのだ、と呼んでも差し支えないかも知れない。


 カミーユが、いや、死神であるルナ本人すらも、いつそれに絡め取られないとも限らないのだ。


――こいつをサーカスに帰すなら、確かに今がいい。


 ズデンカは同意の意味で沈黙を保った。


 だが、違う考えも浮かんできた。


 ルナ自身、ズデンカと同じようにカミーユを連れてきたことに罪悪感を覚えているのかも知れない。


 実際ルナはカミーユと眼を合わせておらず、少し横の、遠くを見詰めていた。


――きっと、恐れがあるんだろう。


「私は、私は」


 唇をプルプルと震わせながら、カミーユはやっと言葉を漏らした。


 だが、やがて息を飲み、


「恐がって、なんかいません!」


 ズデンカが少し身を引くほど大声で怒鳴った。


 それを訊いて、ルナは涼しく笑った。


「良かった。わたしも、あなたが恐がってるなんて思ってませんよ。よろしく」


 と手を差し出した。手袋を脱いで。


 カミーユはまだ震えながら、その手を握った。


「さあ、君からも何か言ってあげな」


ルナはズデンカの肩へ腕を回し、引き寄せながら言った。


「あたしからはルナと同じようなことしか言えねえよ。だが傍にいる限り、あたしが全力で守ってやる」


「は、はい……」


 カミーユはまだ緊張していた。


「おい、ルナ。あんまりいじめんな。恐がらせても仕方ねえだろ」


 ズデンカは嗜めた。


「まあ、わたしだって君に守って貰ってるからね。その意味ではカミーユさんと何も変わりないさ」


ルナは美味しそうに煙を味わっていた。


 会話に気が取られて注意はしなかったが、外はまだまだ騒がしかった。担架を持った医療兵たちが走り回っている。


 戻ってくる担架の中には生々しい傷を追った者たちの姿も見えた。


――アデーレが救護の指揮を取っているのだろうか。


 軍医総監という特別な地位にいる以上、何もせずにいる訳にもいかないだろう。

 当分戻ってこないのは大助かりだとズデンカは思った。

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