第二十七話 剣を鍛える話(10)

 家の前では風がヒューヒューと吹き付けていた。


 さきほど頭を冷やしに外へ出たため、また出戻ったかたちとなった。


 人に見られては困るので、近くの林の奥の奥へ向かい、木の間に隠れた。


「始めよう」


 ファキイルが手短に言った。


「オドラデク」


 フランツは言った。


「はいはぁい!」


 唸るようにオドラデクは答えて、その身体をバラバラの糸に戻し、フランツの差し出した空の鞘へと収まって刀のかたちへ姿を変える。


 オディロンはそれを見ても、あまり驚いていなかった。


「人が犬に変わるのだ。刀に変わりもするだろう」


 とどこ吹く風だ。


 腕を組み、今の前で繰り広げられる戦いを観察していた。


――周りから変人と呼ばれているだけある。


 フランツは自分のことは置いておくことにした。


「行くぞ」


 ファキイルが宙に浮き上がり、一直線に向かってきた。


 フランツは刃を斜に構え、受け止める準備をした。


 だが、ファキイルは後ろに回っていた。もちろんフランツはその動きを寸前で察し、前の方へ逃せようとしたのだが、強い風圧に背中をさらわれ、近くの木へ叩き付けられた。


「何を……した」


 痛む背中をさすりながら、フランツは着地しこちらへ歩いてくるファキイルに訊いた。


「風を操ったんですよ」


 オドラデクが冷静に言った。


 フランツは答えず、出来る限りファキイルから身を引き離した。


「逃げるばかりでは勝てないぞ」


 これは挑発なのだろう。普段のファキイルらしくはないが、ここは戦場だ。


 フランツはその手は喰わないとばかりに、木陰の中に姿を隠しながら、ファキイルの周りをグルグルと回った。


 やがて、頃合いを眼にも止まらない速度で跳躍して繁みを飛び出し、剣を閃かして、ファキイルに斬りつけた。


 しかし、ファキイルにはお見通しだったようだ。


 なぜなら、オドラデクが刀身から姿を変え、巨大な盾のかたちとなったからだ。


――?!


 フランツはどうしてそんなことになったのかよくわからなかった。


 物凄い風圧で押し返されたこと自体は気付いていた。


 だが、よく服を見ると、細い刃物で斬りつけられたような無数の切れ目ができていた。オドラデクが防いでくれていなかったら、膾斬りになっていたことだろう。 


「風の刃だ」


 ようやくフランツは理解した。


 ファキイルは、風をフランツに高速度で叩き付けたのだ。


――殺すつもりだったのか。


 フランツは少し恐怖を感じた。


――いや、オドラデクが守りに回ると予想した上で、全力を振るったのだ。関心がないようで、実はしっかり見ている。何千年生きてきたのは、伊達じゃない。正直、こんなやつに勝てるのか?


「フランツさん」


 オドラデクは明るく、一言だけ漏らした。事実、作戦会議をしている時間などはない。


 ――これ以上斬撃を喰らうと、幾ら盾で守ったって、身体が持たない。なら――


 一撃で決めるしかない。


 フランツは盾を空高く投げ上げた。


「ふむ」


 ファキイルは見上げもせずに言った。


 オドラデクは空中で鋼の檻へと変化して、ファキイルの上へ落ちようとしていた。


 風が巻き起こる。


 たちまち檻はきれぎれに寸断される。


「馬鹿馬鹿しい」


 ファキイルは相変わらず表情も変えずに呟いた。


 とたんにその頬にさっと一筋、紅い線が入る。


 血だ。


「かちぃ」


 オドラデクの陽気な声が響いた。


 きれぎれになった鋼は、既に一つにまとまっていた。


 元の姿に戻っていたのだ。

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