第二十七話 剣を鍛える話(8)

 フランツはむせ返る熱気にやられてしまい、ちょうど外で寒風に身を晒して頭を冷やして戻ってきたところだった。


――間に合って良かった。


 なぜだかひどく安心していた。


 台の上にはすっかり熱を失って、清らかなまでに白く見える刃が横たえられていた。


「これがお前の望む剣か」


 オディロンは返事をしなかった。何度も、剣を真上から見上げていたかと思うと、突然手にとって確かめ始めた。


 さしたる大きさではない。おそらくは片手で持てるぐらいの薄さだろう。


 実際オディロンはやすやすと刀を握って動かせていた。


「柄を取り付けないと危ないぞ」


 フランツは焦って言った。


 だが、オディロンはやはり返事はしない。


 一閃。


 オディロンの手に持った剣が振り下ろされたのだ。


 驚いたフランツは後退した。


 剣は台の角を斬っていた。 


 斬られた部分だけがするりと、床へ落ちる。


 刃には傷一つ吐いていない。


 台が切れた跡には、綺麗な木目が覗いていた。


「凄いものを、作ってしまった」


 オディロンは声を漏らした。


 こんどはフランツが言葉もなかった。フランツはオドラデクという刃を使う。


 ゆえにいつも腰に提げている刀身は空になっている。


 フランツは猟人として剣の扱い方を一番よく学んでいたが、それを使う機会があまりないのは残念だった。


 今の旅路についてから、スワスティカの残党を既に二人仕留めていたが、それでも斬り足りない。


 そこへ、見事にものを切れる刃が現れた。


――欲しい。


 フランツは心の底からそう願った。


 だが、いきなり言い出すのは厚かましい。


フランツはしばらく刃から目を離さなかった。


 オディロンは柄を取り付ける作業に移り始めた。握り《グリップ》を得た剣を見ると、フランツはなお一層欲しく思った。


「それで我は斬れるか」


 ファキイルが突然とんでもないことを言い出した。


「お前の毛で作った剣でお前を斬るのか」


 オディロンは驚いていた。


「我は自分を斬れる者がいるなら、その力を認める」


――こいつほど長く生きていると死を恐れないのだろうか。


 フランツは考えた。


 オディロンはしばらく躊躇っていたが、ファキイルの瞳と眼を合わさないように、ゆっくり刃を振り下ろした。


 しかし、ファキイルを切ることは出来なかった。刃は毛に少しも触れることなく、直前でぴったりと止まっていたのだ。


「やはりか」


 ファキイルは言った。


「昔いた鍛冶屋にも同じことを頼んだ。その者は快く引き受けてくれたが、やはり我を斬ることは出来なかった」


「毛が含まれているからか」


「それはわからない」


 ファキイルは静かに答えた。


「この剣は素晴らしい。だが、俺では使う機会がない」


 オディロンは残念そうだった。


「売ればどうだ?」


 フランツは言った。自分に売ってくれることを期待して。


「誰に売るというのだ」


 オディロンは顔を顰めた。剣を用意してあった鞘の中に収め、大事に抱える。


 渡したくはなさそうだった。


 フランツは俯いた。


「ああ暑い、暑いなあ!」


 その時オドラデクが顔を手で扇ぎながら階段を降りてきた。 


「あれっ、とうとう剣が完成したんですか、いいタイミングでしたねえ! ちょうど良かったなぁ!」


 あからさまに芝居がかった口調で言うオドラデクを見ながら、フランツはふと部屋の隅で光るものを見付けた。


 細い糸――すなわちオドラデクの髪だ。


 残していった糸を介して、周囲で起こっている出来事を把握出来る能力があるとはフランツはすでにオドラデクから訊いていた。だが、実際に見るのは初めてだ。


――こう言うやり口か。


 フランツは笑った。

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