第二十三話 犬狼都市(11)
二階建てだった。上がどうやら宿屋になっているようだ。
草木も生い繁る中で、ここまで賑やかとは、あえて繰り返し来る客が多くいると言うことだろう。
ルナははぁと息を吐いた。
マントがずり落ちて、風の中に溶け消えていく。
ズデンカはルナに寄り添って、扉を開けて中に入った。
周りの客たちが一斉に振り返って見た。
ほとんどが男だ。
ズデンカは素早くルナの外套を脱がせて顔に被せた。ズデンカは一度もそう思ったことはないが、ルナの顔立ちは美しく、男の心を惹くらしい。
――目に留められては厄介だからな。
ズデンカは階段をいち早く登った。
今前を通った二人連れについてあることないことを語っている者は多かったが、後からバルトルシャイティスが入ってきたので、其方に話しが移り、忘れられたようだった。
――扉はきっちり閉めて、絶対にルナ一人にしないようにしなきゃな。
ズデンカは心の中で固く思った。
部屋に入ると外套を取りフロックコートを脱がせ、ルナを寝かせる。
怖々シャツを脱がせると、爪痕がわずかに皮膚を抉っていただけで、思ったよりも深手ではないと安心した。
だが、それより心配なのは咳だ。
「ごほっ、ごほっ」
喘息が再発したのか、ルナは咳を繰り返していた。
大丈夫かと聞いてもオウム返しするだけなので、ちゃんと枕を当ててやり、頭の位置を高くして額に手をやった。
熱はない。
これをやるのはしばらくぶりだ。ズデンカは不死者で身体が常に冷たいからこそ、ルナの発熱はよくわかる。
ひやっとしてルナがわずかに顔を顰めていた。
「無理するお前は馬鹿だ」
ズデンカは思っていることを一息に言った。
「わたしはただ……ごほっ」
ルナは咳で話し止めた。
「もうここからは二度と出るな。あたしは何日だって付き合う」
「二度とって……」
ルナは不満そうだった。好奇心旺盛なので一秒たりともじっとしていられない性分だ。何かあれば外に出ていってしまう。意地でもズデンカはそれを押さえ続ける覚悟だった。
「ここだって、完全に防備不足なんだがな」
と言ってズデンカは窓辺まで歩いていきカーテンをぴっしりと締めた。
ベッドは窓から離れているので、遠くから銃弾でルナをすぐに殺せはしないだろう。それでもズデンカは心配だった。
椅子を置いて、窓ガラスを背後に坐った。
下はまだ騒がしい、ルナの安静を妨げるなら脅して黙らせたかった。
いや、本当は包帯や消毒剤を取りに降りたいのだ。だが少しでも目を離すとルナは何をするかわからない。
少なくと今のズデンカはそう考えていた。
「そんな、狙撃でもされるわけじゃなし」
「……」
ズデンカは黙った。本当はブレヒトか誰かがルナを銃で狙い続けることを言いたかった。
「少なくとも、今日は休め」
ズデンカは命令口調で言った。
「はいはい、わかったよ。今日はわたしも疲れたし」
ルナはあともぶつぶつと呟いていたが、やがて布団を被り押し黙った。
十分もせずに、すやすやいびきを掻きはじめた。
「寝入ったか?」
――眠ったふりをするぐらいの狡猾さはある。
ズデンカはなかなかルナを信用しない。
いや、信用しているからこその信用しなさなのだ。
――自分でも訳がわからんが。
そこにノックの音が。
「誰だ?」
「お届け物です」
女の声だ。
「あ?」
荒く答えると相手は怯えたようにあたふたとしていた。
「ばっ、バルトルシャイティスさまから、お届け物です」
ズデンカは静かに立ち上がって、ドアを細めに開けた。襲撃される可能性もありえるからだ。
そこにいたのは、金の髪――ルナと同じだ――を持つ、小柄な娘だった。
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