第二十三話 犬狼都市(10)

 ズデンカは表情を変えず、遺骸を検分した。


 頭蓋骨が耳元まで削ぎ落され、脳味噌も粉々に吹き飛んでいた。威力の強い銃弾によるものと思われた。


 周囲を見たが、どこから撃たれたものか皆目見当がつかない。やはりなにがしかの手段で姿をくらましているのかも知れなかった。


――ゲオルク・ブレヒトに違いない。だが、奴の腕は……。


 『詐欺師の楽園』の席次二。かつてランドルフィ王国の都市パピーニ近郊で交戦し、ルナによって片腕を吹き飛ばされたことはいまだ記憶に新しい。


 つづいてまた銃声が響いた。


――ルナが危ない。


 ズデンカはすぐに意識を巡らした。だが、黒い大きなマントはまだすっぽりとルナたちを押し包んでいる。


 傍目からはシーツのおばけのようにすら見えて滑稽だが、ルナの息は大分上がっているはずだ。


 再び弾丸が発射される。ルナが作った透明な牆壁はまだ有効なようで、マントに近付く前に逸れていった。


 ズデンカは近寄ってまたマントの中へ潜り込んだ。


「はぁ、はぁ」


 ルナは息を吐いていた。


 外套の中に手を差し入れて、脇腹を押さえながら。


「どうした?」


「何でもないよ」


「馬鹿言え、手を退けろ」


 ルナの掌の下ではシャツに赤く血が滲み出している。


「犬に噛まれたのか?」


「さっき逃げる時、ちょっとね」


「なぜ言わなかった?」


 ズデンカは怒鳴っていた。


「大したことじゃないと思って」


 ルナは小声になって言った。


「大したことじゃねえ訳ねえだろ!」


 ズデンカはさらに怒鳴った。


「……」


 ルナは黙って項垂れた。


「ここはお二人とも。小生の顔に免じてお納めください」


 バルトルシャイティスがぺこりと一礼した。


「お前の顔を立てても良いことなど何もない」


 ズデンカは皮肉った。


「お名前をお聞きしていませんでしたが、あなたさまは面白いお方で。……実はここからしばらく行ったところに、居酒屋『霰弾亭』がございます。当サーカス団もデュレンマット入りする前にはよく立ち寄る場所でして、宿屋も兼ねております。こちらに参りましょう。そちらにはベッドも医療品もございますのでペルッツさまのお怪我にも対応出来るものと思われます」


「犬どもがやってきたらどうするんだ」


 ズデンカは声荒く言った。


 実際のところ、コワコフスキが死亡したのでもう追ってくるとも考えてはいなかったが。


――それよりもブレヒトだ。


 奴がいるかも知れないことはルナには教えなかった。


「備え付けの武器もあります。こちらで野宿をするよりはましでしょう」


「よし、早速行こう」


 バルトルシャイティスのことはあまり信用していなかったが、それ以外に手立てはなさそうだったので、従うことにした。


「こちらが近道です。さあ」


 バルトルシャイティスはやや道から外れた草叢を指差した。


 一向は歩みを早めた。


 しかし、この野原の景色のどこまでも長く感じられることよ。


 ズデンカはマントの中に出たり入ったりしながら、注意を怠らなかった。


「どうしたの? そんなにキョロキョロして」


 しんどそうにはしながらもルナは軽口を飛ばす。


 ズデンカは心配しながら無視した。 


 夜目は利くとは言え、どこから射かけられるかもわからない状態で進むのは大変なことだ。


 自分はいつ撃たれても構わないので絶えず前に耳を澄ませ、物音一つ、動物が草叢に入り込むことすら見逃さなかった。


 やがて草叢が途絶えて、道が繋がってきた。それとともに灯りと、賑やかそうな人の声がして、弾丸の描かれた看板の掛かっている建物が見えてきた。


――こんな時に縁起でもねえ。


 おそらく、ここが座長の言う『霰弾亭』なのだ。

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