第二十三話 犬狼都市(7)

 テントの中にいた時よりも膂力りょりょく増し、激しい勢いでぶつかってくる。


 ズデンカは素早く両腕を振り回して対応するが、犬たちの数は無数だ。見る見るうちに取り巻かれていく。 


 ルナの雷撃が再び落ちた。目の前は赤く燃え、犬の肉が焼ける音が聞こえた。


 コワコフスキは姿を消していた。


――何か他に目的があるのか。


 ともあれ、どこからか襲ってくるかわかからないのはズデンカとは言え厄介に感じた。


 身体は血まみれになる、肌すら見えないほど紅く、黒く染まっていた。


 内臓を引き出し、骨を断ち、髄を裂くことが癖になる。


 犬の喉にかぶりつき、血を啜った。やたらと塩辛いその味が美味しく感じられた。


 ズデンカは自分を機械のように思い始めていた。


――人間からすりゃおかしな状態だろうが、不死者であるあたしはむしろ尋常へ還りつつあるのか?


「大丈夫?」


 その様子にルナまで驚いて声を掛けてくる。


「止められるかよ」


 ズデンカは短く答えた。


 百匹あまり屠っただろうか。遺骸の山が積み重なった。


 たくさんいたサーカス団員や観客の数も少なくなっている。ルナの作る牆壁の中に入り込んだ者だけが生きていた。


「ふう」


 ルナは帽子を取り、額に落ち掛かる汗を拭いた。


――まずい。そろそろ牆壁が崩れる。


 犬の数は尽きない。


 千匹、いや万匹。


 路上には足の踏み場もないほど群れている。中には家へ押し入り、窓を破って血まみれの頭を覗かせているやつもいた。


 でも、他に逃げるところはなく、街の人々は家の中に籠もるしか、術がないのだ。


「ルナ、走り抜けるぞ!」


 ズデンカはさけんだ。


「わかった」


 手を繋ぎ、二人揃って動く。


「座長も早く!」


 バルトルシャイティスも後ろに続く。


 牆壁を作っている部分だけが犬の大群の中で台風の目のように石畳を覗かせている。その中を僅かに残った人々と手を繋いだ二人は歩いた。


 犬によって支配された都市の空気は、酷く澱んでいた。


 頭蓋の骨を見せた象の死骸が横たわっていた。その周りにはただ蝿だけが元気よく群がっている。


「どこに逃げたらいい?」


 ズデンカは訊いた。


「流石に街の外へ出てしまえば追ってこないだろう。このまま突っ切ろう」


 ルナは答えた。


 このまま一直線に進めば入り口の門――あの殺されるアモスの息子たちが彫られた門へ辿り着く。


「ごほっ! ごほっ!」


 ルナが大きく咳をした。ルナは前、昔喘息だったことがあると語っていた。


「おい、大丈夫か」


「だい……ごほっ」


 犬が一匹、牆壁を擦り抜けて入り込んできた。ズデンカは蹴り上げて外へはじき飛ばす。


――まずい。このままじゃ。


 ズデンカ本人は良いとして、ルナの命はないだろう。


――どうしようもなくなったら、いっそルナを不死者にすれば……。


 そんな考えが頭を過ぎる。


 咳をしながらもルナは走り続けた。座長を始め後ろに続く人々にも疲れの色が見えていた。


 あまりに後尾に取り残された者たちへ犬たちは情け容赦なく食らいついていく。


「どうした、ルナ・ペルッツ! ここで終わりか?」


 どこからか声が響いてきた。


 コワコフスキのものだ。


「お前! どこにいる?」


 ズデンカは叫んだ。


「俺の『異形の犬』は単に犬を操れるだけじゃないぜ」


 それには応えず、コワコフスキは大声を張り上げた。


 また一匹の犬が飛びかかっていた。なんとその額からは鋭く尖った刃のようなものが突き出していた。


「犬を使役し、その姿まで自在に変えることが出来る」


 その言葉とともに羽搏ばたきの音が起こった。

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