第二十二話 ピストルの使い方(5)

小屋に据え置きの牛乳はなかったが、近くの川で汲んできた水と萎びた野菜で兎肉スープが完成した。


「うん、美味しいですよ!」


 ズデンカは例によって食べることが出来ないのだが、ジュスティーヌの味見によって判断したのだ。


 くだんの丸椅子に置くと、皆で囲んで食べ始める。もちろんズデンカは加わらなかったが。


「ズデンカさんは食べないんですか?」


 ジュスティーヌが訊いた。


「ああ、腹も空いてないし兎が体質に合わないからな」


 と、苦手な嘘を吐く。


「おいひいいー!」


 ルナは凄い勢いでがつがつ兎肉を頬張っていた。


「喉に詰めるぞ」


 ズデンカは注意した。これまでの経験上の判断だ。今は飲み水すらないのだ。川の水に火を通さないで飲むのは危ないと判断したからだった。


「うっぷ!」


 予感的中。


 ズデンカは駆け寄ってルナの背中をポンポン叩いた。


「ざまあねえな」


 ギイは嘲笑った。


ズデンカはそれを睨んだ。


 途端にギイは身を竦ませるが、


「まあまあ!」


 肉をスープで無理に嚥下したルナは言った。


 口元をハンカチで隠している。


――どうやら火傷したらしい。


 ルナは猫舌だ。


「ギイさんのお陰でわれわれは昼ご飯にありつけているわけですからね」


「だろ?」


 ギイは胸を張った。


 ズデンカは正直腹が立ったが我慢した。


「昼飯を食い終わったらこいつで狩りを再開だ。このあたりは誰の土地でもなさそうだから撃ち放題だな!」


 ギイはホルスターのピストルを撫で擦った。


「待て。もういい加減僕も調子が戻ってきたし、そろそろお暇しよう」


 さっきまで黙り込んでいたリュシアンがやっと思いきったように言った。


「あ? 俺の狩りの邪魔をするってのかぁ、リュシアン?」


 ギイは勢いよく立ち上がり、リュシアンの後ろまで走り寄ってその肩を乱暴に掴んだ。


「お前さぁ、ジュスティーヌにホの字だろ?」


「なっ、なにをぉ」


 リュシアンは顔を真っ赤にして、ギイを見上げた。


「ホの字ってなんだ?」


 ズデンカは訊いた。どうも隠語には疎い。いちいち覚えてやる必要性を感じないのだ。


「リュシアンさんはジュスティーヌさんが好きだってことさ」


 そういうことには詳しいルナはあっさりと解説した。


「えっ、そうなの!」


 今度驚いたのはジュスティーヌだ。


「ちっ、ちっ」


 それを見て更に顔が赤くなったリュシアンは食事もほっぽり出して山小屋の外へと飛び出して行ってしまった。


「あっ、身体大丈夫なの!」


 追って走り出そうとするジュスティーヌの前にギイは立ち塞がった。


「まあ、馬鹿は置いといてさ。二人でまあ楽しく、ゆっくりしていこうじゃねえか」


 ジュスティーヌは顔を背けた。


「なんだよ。あんな弱っちいやつ、同出も良いだろうがよ」


 ジュスティーヌの身体を引き寄せるギイ。


「止めてください!」


「おい、何しやがる」


 ズデンカは強い力で二人の間に割り込んだ。


「何だ? てめえのお連れさんじゃないんだから関係ないだろうが」


 ギイは不満そうに言った。


「問題はお前にあるだろ。さあ、ジュスティーヌに謝れ」


「はあ?」


 ギイは怒った。


「何で俺が?」


「失礼なことをしたのはお前だろ? さもないと……」


「クソッ。知らねえよ!」


 そう叫んでギイは外へ飛び出していった。


「ありがとうございます」


 ジュスティーヌはお辞儀をした。


「いいってことよ。いつもああなのか」


 ズデンカは訊いた。


「はい。大学では人目があるのであそこまで迫られたことは今日が初めてですが……」


「そう言えば、ジュスティーヌさんはリュシアンさんが好きなんですか?」


 それまで黙って食べていたルナがいきなり会話に参入した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る