第二十二話 ピストルの使い方(3)

「あ! そう言えばペルッツさまのお名前と同じですね」


 ジュスティーヌも笑い返した。


「由来がトゥールーズ語なので。素晴らしい名前を付けてくれた両親に感謝! ですよ」


 ズデンカは目を瞑った。ルナが収容所で両親を自分の手で葬ったと語っていたことを思い出したからだ。


「トゥールーズより外でやってることが多くて、なかなかお目にかかれないんですよ! 色んな珍しい動物もいるとかで」


「それはわたしも見てみたいですね。実は動物好きなんですよ! 珍しいのを一匹連れ歩いてるほどで!」


 この持って回った皮肉サーカスムにズデンカはかなり傷付いた。


確かにズデンカは人ではないが、動物扱いされると流石に堪える。まあ、この程度ではビクともしないと信じてくれているからかもしれないが。


「僕らも夏に大学卒業なので、せめて思い出作りにとラミュへ旅行することになりまして」


 控えめにリュシアンが口を挟んだ。


「素晴らしい! 戦争をしていた頃じゃあ考えられない」


「はい。子供の頃は戦争戦争続きで、明日も知れないような暮らしを送っていましたから。今こんなに平和なのが信じられないぐらいですよ!」


「平和は良いですよ。だからわたしはこんなに旅が出来る」


 ルナは横たわりながら不器用にパイプに煙草を詰めた。ポロポロこぼれ落ちるのをズデンカは額に手で押さえながら見守った。


「俺は別に行きたくなかったんだが。狩猟のチャンスがありそうだからな。こいつを試せる」


 と恐る恐るズデンカの方を伺いながら言うギイ。


「そう言えば皆さんはなんでこの山小屋まで?」


 ルナが訊いた。


――やっとかよ。


 碌でもない世間話より、ズデンカはこっちの方が知りたかった。


「たぶんあなた方と同じ理由です。リュシアンの身体はあんまり丈夫じゃなくて。息切れしてしまいまして」


「今はもう大分落ち着きましたけどね」


 リュシアンはすかさず口を挟んだ。


「それは奇遇。これも何かのご縁でしょうね! ……さて、お腹が空きましたね」


「食い物なんか尽きちまったよ。これで、狩ってくるしかねえさ」


 ギイは決してルナに対して向けないよう注意を払いながら、ピストルを抜き、見せびらかした。


「じゃあ、お願いします。兎のシチュー食べたいな!」


 ルナは眼を輝かせ始めた。


――お前がやれ。


 ズデンカはつまらなそうに棒立ちになりながら、心の中で思った。さっき馬鹿にされたことの意趣返しだった。


 ギイは偉そうに立ち上がって小屋の外に出ていった。


「すみません。乱暴な奴で。大学でもことある毎に喧嘩を起こしているんですよ。僕らが旅行の話をしてたらいきなり割り込んできて連れていけって言ったんです」


 リュシアンが謝った。幾分かは愚痴も入っていそうではあったが。


「いえいえ、威勢の良い人がいた方が旅は楽しい。わたしたちも何日か前までもう一人連れがいたんですけどね。とても愉快な人で」


 自称反救世主大蟻喰のことを言っているのだろう。


――いないで良かったぜ。


 ズデンカは安心していた。人間の肉が好物の大蟻喰がいたら、学生たちは食われてしまうだろう。


「さあ、料理の準備を始めますかね!」


 ルナが元気よく起き上がった。大分落ち着いてきたようだ。


「お前はまだいい。あたしがする」


 ズデンカはルナの前に立ち塞がった。


 さっき心の中で思ったのとは、まるで裏腹の行動だ。

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