第十九話 墓を愛した少年(9)

「願いは叶えられていない!」


 ロドリゴは食ってかかった。


「あなたはフランチェスカさんに逢いたいとお願いした。それは無事叶ったでしょう?」


「……」

 ルナの正論にロドリゴは言葉もなかった。


「わたしはあなたに幻想を見せただけですよ」


「なら、もっと延ばせるはずだ」


「延ばしたいのですか? あなたは本当に」


 ルナはモノクルを掛け直した。


「どういうことだ?」


「わたしが実体化させたのは、あなたが見た幻想です。なら、あなたはあなたの見たいものを見たはずだ。フランチェスカさんが消えたのは、あなた自身がもうこの先を知りたくなかったからでは?」


――こりゃ詭弁だな。


 とズデンカは思った。


 実際にルナが幻想を操って人を殺すところを見ているのだから、事実とは思えない。だがルナにしても、自分や相手の意識の中に少しもないものを実体化させるのは難しいようで、そのあたりの匙加減がどうなのか、よくはわからなかった。


「……」


 ロドリゴは黙っていた。


「あなたは霊を見たのではない。見たのはあなたの中にあった幻想です。あなたが愛したのは幻想、いえ、墓そのものだったと言えるかも知れない」


 ルナはロドリゴを見詰めた。


「墓……」


「あなたは墓を愛したってことですよ。しけた幻想に報いあれ」


 ロドリゴはぼんやりしていた。


 その間にルナはヴィットーリオへ向かって歩いていった。


「さて、ヴィットーリオさん。残るはあなたの願いだ。と言っても、それはわたしが何かをする必要はない。ただ、声を掛けてあげればいいのです。ロドリゴさんに」


 はっとなったヴィットーリオはロドリゴに近づき、


 「幻なら仕方ないさ。だが、こう考えることもできる。違う街に行っても、また出会えるかもしれないと……」


 と後ろから肩を抱いた。


「兄貴……これまでずっと出ちゃいけないって言ってたのに」


 ロドリゴは驚きを湛えた表情で振り返った。


「ロドリゴ、お前はどこに行っても構わないよ。なりたいものになれば良い。だが、お前には兄がいる、いつでもここで待ってるってことは忘れるな」


「うっ……」


 ロドリゴはまた泣き始めた。


「素晴らしき兄弟愛ですね」


 ルナは拍手した。


「やれやれ、面倒なこった」


 いつの間にかルナの傍に戻っていたズデンカはため息を吐いた。


「君にも兄弟はいるだろ?」


 ルナはイタズラっぽくズデンカを見た。


「いるが、愛情はない」


 ズデンカは兄のゲオルギエの顔を思い浮かべた。


「そんなこと言っちゃってさあ、あったら泣き出すだろ」


「あたしに涙はない」


 ズデンカは長らく涙腺を使っていないことにかけては自信があった。


「ペルッツさま」


 兄弟はルナに近付いて来た。


「何とか仲直りできました」


 とヴィットーリオ。


「良かったですね。願いは叶った。それじゃあ」


 とゆっくり歩き出すルナ。ズデンカは何も言わず従う。


「おっ、お待ちください。お世話になったのですから、食事にご招待したいと……」


「いえいえ、急いでいるので」


 ヴィットーリオはとても残念そうだった。


「これからも二人で仲良くやるんだな」


「はい!」


 ロドリゴは顔を輝かせた。


「未来のことはどうなるかわかりませんが、死ぬまで頑張りたいと思います!」


「その意気や良し」


 ルナは笑った。

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