第十九話 墓を愛した少年(8)
「お願いします」
ややあって、二人は揃って頭を下げた。
「よろしい。話の調整が済んで良かったです」
ルナはライターをカチリと鳴らし、パイプに火を点した。
墓地に煙が広がった。まるで濛々と霞が垂れ込めるかのようだった。
途端に一羽の鳥が空から舞い降りた。
燕だった。
暑い場所とは言え、今は暦の上では冬だ。
来るはずがない鳥だ。
これは幻影なのだ、とズデンカは思った。
燕はフランチェスカの墓石に止まった。
すると、姿を変えたのだ。
白いドレスを着た女へと。
ふわり、と腰掛けていた石から下りると、ロドリゴへと歩いてきた。
「き、君が……」
ロドリゴの声は上擦っていた。
「そうよ。私がフランチェスカ」
「ずっと、逢いたかったんだ!」
ロドリゴは勇気を振り絞るかのように身を乗り出した。
「ありがとう。私もそうだったわ」
「俺はずっと君の傍にいたい!」
恐る恐るフランチェスカの手を取りながら、ルナと話を固めたことを引っ繰り返して、ロドリゴは叫んだ。
「それは無理よ。あなたは私のいるところにはいけないから」
フランチェスカは目を瞑りながら言った。
「なぜだ、俺は君が好きなのに」
「私はこの場所にはいないもの」
「どういうことだ?」
「私は、あなたの記憶の中にだけいるの」
フランチェスカは囁くように言った。
「なぜだ?」
「ここに埋められている人と、私は違うもの」
呆気にとられたようにロドリゴはフランチェスカを見た。
「訳がわからない。俺は君をこの場所で見たはずだ」
「あなたは夢の中で見たでしょう。私と逢った訳ではないわ」
「霊は存在するだろ?」
ロドリゴは怒っていた。
「霊がいるとしても、それは私ではないわ。私は、あなたが夢に見た、想像しただけの存在なのよ。このお墓に眠っていた人は、とっくの昔に天へ昇ったのよ」
ロドリゴは黙った。
傍観者に撤するズデンカは、かつて太古の
「ロドリゴ、あなたには未来があるわ。この街を出たて行きたいでしょ?」
フランチェスカは言った。
「行きたいさ。でも……君がいる」
ロドリゴは泣いていた。
「もう、私のことは忘れて、ロドリゴ。存在しないのだから」
「嫌だ……嫌だ」
泣きじゃくりながらフランチェスカの手を握って離そうとしないロドリゴ。
「ロドリゴ!」
意を決したように弟を見やり、歩みを進めて、その肩を強く掴むヴィットーリオ。
「いい加減に戻ってこい!」
「なんだよ、兄貴はいつもいつもそればっかりだな! 今まで俺の気持ちなんか平気で無視しやがって」
兄に向かってロドリゴは叫んだ。
「幻を追っていてはいけないんだ! 地に足を付けてものを考えろ!」
ヴィットーリオは、いつもの気弱な態度を辞めて怒鳴っていた。
「じゃあ、誰だ? 今目の前にいるのは誰だ?」
ロドリゴも泣きながら叫ぶ。
「見てみろ」
ヴィットーリオは突然静かに言った。
「え?」
ロドリゴは向き直った。
「フランチェスカ……?」
白いドレスの女はどこにもいなくなっていた。
「どこへ行った? おい、どこへ行った?」
ロドリゴは虚しく叫びを上げながら辺りを駆け回った。
けれどもフランチェスカの姿はどこにもない。
「さて、いかがでしたでしょうか」
ルナはパイプを手に持ち、ロドリゴへ微笑みかけた。
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