第十九話 墓を愛した少年(7)
俺は近くに行こうとしました。両足を高く上げて軽やかに。
ところが、動けないのです。墓地を彷徨い歩く、白い影を追うことが出来ないのです。
白い服が風にはためきます。俺は手を伸ばしました。掴もうとしたのです。虚しく宙を掠ります。
何も出来ない俺はただ、墓を見つめました。
「愛しています」
必死にその言葉を繰り返していました。何度も。何度も。
いきなり目が覚めました。
俺は恋に落ちていたのです。
それからは毎日のように墓に通い詰めることになりました。
墓の前にいるとなぜだか心が安らぎます。恋人と一緒にいるって、こんな感じなんでしょうか。
今まで経験したことのない気持ちになって、俺は時間が過ぎるのも忘れるほどでした。
街を出ていきたいという思いは今だって持ち続けています。
でも、フランチェスカから離れられないのです。
どうすればいいでしょうか?
俺は単に墓の傍にいるだけでは我慢が出来なくなり、あたりを――時には墓地の外まで探し回って花を摘み、冠を作りました。今までそんなことやったことがなかったので、何度も失敗して花をボロボロにしてしまったものです。
俺は墓の前に花冠を捧げて跪いていました。ヴィットーリオはそんな俺を見たのでしょう。
兄は俺を恐れているようです。今まで見下していたのでしょう。その俺が自分より遠い場所に行ってしまうようで怖いんでしょうね。
俺にはとても居心地が悪く思われてきました。もちろん最初のうちは鼻高々だったですよ。
でも、兄はいつも俺を尾けてくるんです。何となくわかっていましたけど、あなた方まで巻き込んでくるなんて信じられませんね。
「なるほど、あなたの事情がよくわかりましたよ。お二人ともなかなか面白い
ルナは手を叩いた。
「面白いか?」
ズデンカは懐疑的だった。
「実に。ぜひぜひ、お二人の願いをそれぞれ叶えて差し上げたいと思います」
ズデンカは幾つか離れた墓石の中で立ち尽くしていたヴィットーリオを呼びに戻った。
「ルナが願いを一つ叶えてやるらしいぞ」
「はあ」
ヴィットーリオは生気なく頷き、ズデンカの後に従った。
兄弟は並ぶ。顔を合わせることなく。
「この街から出ていきたいです」
「弟を街から出さないようにしてください」
声を揃えて正反対のことを言う。
「おやおや、これは困りましたねえ」
ルナは顎先へ手を持っていった。
「馬鹿な連中だな。このまま放って置いて帰ろうぜ」
ズデンカはイライラしてきていた。
「まあ君、そうは言わないでよ――ところで、ロドリゴさん、本当にあなたは心からそれを願ってるんでしょーかー?」
ルナはグイッとロドリゴにしな垂れかかり、耳元で囁いた。
「どっ、どういうことですか?」
ロドリゴは焦って訊いた。
「あなたは本当はフランチェスカさんに逢いたいんじゃないですか? 夢じゃなくて、現実で。わたしは逢わせてあげることができますよ」
「……! そ、それは」
「あなたもそうだ、ヴィットーリオさん」
ルナは今度はヴィットーリオの方へとしな垂れかかった。
不快極まりないとでも言ったように腕を組んでズデンカがそれを見守っている。
「あなた自身はこの街レーヴィに留まっていたい。それはわかります。でもロドリゴさんに出ていって貰いたくないと心から願っているんですか。むしろ……わかりやすくしちゃえば弟さんと仲直りしたい。それだけを望んでいるんじゃありませんかぁ?」
ルナのモノクルが鋭く光った。
「それは……」
弟と似たような反応をするヴィットーリオ。
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